宮沢賢治の作品に『ツェねずみ』という童話がある。古い家の真っ暗な天井裏に住み、
<償(まど)うてください>を口癖にするねずみの話だ。いたちから金平(こんぺい)糖が
こぼれている場所を教えてもらい、お礼も言わずに一目散に走っていく。ところが蟻
(あり)の兵隊が先に到着していて追い返される

▼ねずみは、<私のような弱いものをだますなんて、償うてください>といたちを
責め立てるが、いたちはもちろん怒る。<ひとの親切をさかさまにうらむとは>と。
こんなことの連続で、最後はねずみ捕りにかかってしまう

▼東京都世田谷区で一家四人が殺害されて今日で丸七年になる。犯人は捕まって
いない。隣家に住んでいた被害者の姉、入江杏(ペンネーム)さんが自著『この悲しみ
の意味を知ることができるなら』で、ツェねずみの話を取り上げている

▼事件後、何度も「償ってください」と叫びたくなった。奪われたのは愛する妹一家で
あり、心にぽっかりと大きな穴があいた。だが、<誰に償ってもらえるはずもないの
だから>と、ツェねずみにはならないと誓ったという

▼悲しみが消えることはおそらくない。毎朝カーテンを開けるときが、一日のうちで
一番寂しい。朝の光が、「もう妹たちがいないんだ」と告げてくるからだ。それでも喪失
を学びとし、<敢(あ)えて人生を肯定的に捉(とら)えていきたい>のである

▼どうしたら、ツェねずみにならなくてすむのだろう。<ささやかなことに目を
瞠(みは)って、ただごとに感動し、一瞬一瞬をいとおしんでいきたい>。入江さんの
言葉が心に染みる。

ソース(中日新聞・中日春秋) http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2007123002076119.html
青空文庫:宮沢賢治『ツェねずみ』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1949_18526.html

        (⌒)(⌒)  償うてください
     .γ⌒<丶`∀´> 償うてください
     乂_) UU