そういえば思うんだけど
よく聞く「司馬の小説のせいだ!」というのも頭の弱い話で
そもそも賛否に関係なく「大衆歴史小説家」の本を史実書扱いして
喧々諤々してる自体が正直ついていけないレベルの低思考としかいえない
俺からしたら山田風太郎の小説を資料として
史実性の如何を語ってるみたいで正直バカの多重奏って感じ

まあ強いて言うなら責めるのではれば「小説家」の司馬ではなく
「司馬史観」とかアホな概念でそれを資料性があると勘違いしてた周囲の方じゃないんだろうかな