【岡山】旧日本陸軍の戦闘機「飛燕」 部品製造の男性と“再会”
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NHK 12月7日 10時32分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171207/k10011249431000.html
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太平洋戦争で旧日本陸軍が使用した戦闘機の「飛燕」と、この機体の部品を作っていた男性が、岡山県倉敷市で6日、72年ぶりの「再会」を果たしました。
旧日本陸軍の戦闘機「飛燕」は、太平洋戦争中におよそ3000機が生産されましたが、特攻作戦に使われるなどして国内では岐阜県に保存されている1機しか残っていません。こうした中、倉敷市でオートバイ部品の製造販売業を営む武浩さん(53)は、オーストラリアの収集家が出品した「飛燕」をオークションで落札し、先月、機体が届きました。
6日は戦時中、兵庫県にあった工場で飛燕の部品を作っていた瀧田盛男さん(93)が倉敷市を訪れ、「飛燕」との72年ぶりの「再会」を果たしました。機体は、パプアニューギニアに不時着し放置されていたと見られ、胴体や翼に穴が開いているものの「飛燕」の特徴である水冷式のエンジンなどは残されています。
瀧田さんは「再び会うことができて涙が出るくらいうれしい。この飛行機に乗って多くの若い人が戦地に赴いて戻らなかったことを、今の人たちに知ってほしい」と話していました。
「飛燕」を買い取った武さんは「当時の日本の技術水準を示す貴重な資料なので今後、復元を進めたい」と話していました。 >>54
性能は良かったんだけど、生産と整備が難しい。 どんな鉄くずでも資料さえあれば復元は可能。
但し莫大な費用と手間暇がかかる。
この場合は機体に関しては部分的な復元にとどめ、発動機の復元に全力を注ぐべきだろう。
それも稼働するレベルで。 >>58
大戦中に戦車に載せる計画はあったらしいよ。
イメージとしては3式戦車あたりに500馬力にデチューンして耐久性を高めたもの。 ところで1944年の加藤隼戦闘隊の記録映画で隊員詰所にクリスマスツリー🎅映ってるってさ。
意外に最前線は国内と違って緩かったんだね。
因みに12月25日は大正天皇祭で祝日だった、戦後GHQにより廃止。 >>48
骨董と思えばそうだけど,土器の復元と思えば似たようなものだと思う。 >>53
ところがどっこい
鉄板一枚、ネジ一本でも使ってりゃ復元扱いになるんだよ。 >>62
だから、仮にネジ1本だけ使って、あとは全部新しく作る事なんて不可能だという話なんだよ。
カワサキが全面改修して公開した1機ですら、ラジエーターの部分は謎パーツのまま。
しかも公開後に取り外すという約束が最初からあった程。
なぜなら、ラジエーターの設計図すら残ってないから、何が正解なのかわからないから。
カワサキが公開した1機は、単にフルレストアに近い感じの事をしただけで、
新造した箇所は物凄く少ないから出来たのよ。
今回のアレは無理。
あのまま「歴史の一部」として腐食を止めて現状を維持し保存するのが精一杯だろう。 飛燕が艦これに出る日は来ないかも知れんね。
艦載機しか出ないから。 まあ復元された機体が川重にあるワケだから
後はどのレベルでレストアするか、だろうね
飛燕(陸軍3式戦)
→支那朝鮮人の飼い犬がよくいう「防弾」をやって「鈍重」となり、敵軍から
「やりやすい相手」と言われた川崎重工の戦闘機。国民の人気ゼロ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています