【バイブル】新共同訳から31年、聖書協会が新訳刊行へ どう変わる
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http://www.asahi.com/articles/ASKDL5VTBKDLUCVL01J.html
キリスト教の信者にとって、聖書は「神の言葉」。神の御心(みこころ)を伝えていると信じられている。古代につづられた言葉は時空を超え、時代に合った日本語をめざして翻訳されてきた。今年には、新しい訳の聖書が刊行される。どう変わるのだろうか。
新訳を進めているのは一般財団法人日本聖書協会。カトリックとプロテスタント両教会の計18教派・団体が翻訳に関わる。両教会の対話は1960年代から本格化し、87年に初めての「新共同訳」が実現した。日本の信者の約8割が手にする新共同訳は、分かりやすさを重んじた。例えば旧約聖書「詩編」23編にこういう文章がある。
主は羊飼い、わたしには何も
欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ま
せ
憩いの水のほとりに伴い
魂を生き返らせてくださる。
主は御名(みな)にふさわしく
わたしを正しい道に導か
れる。
それが、来年12月刊行予定の「聖書協会共同訳」では次のように変わる。
それが、来年12月刊行予定の「聖書協会共同訳」では次のように変わる。
主は私の羊飼い
私は乏しいことがない。
主は私を緑の野に伏させ
憩いの汀(みぎわ)に伴われる。
主は私の魂を生き返らせ
御名にふさわしく、正しい道
へと導かれる。
「水のほとり」が「汀」に変わるなど、難しくなったようにも見える。これは「より格調高い日本語」をめざし、教会での礼拝も意識したためという。
2010年から始まった新翻訳…
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刊行に先立ち、日本聖書協会が公開している翻訳のパイロット版。一般読者から寄せられた意見を参考にしている
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171221002270_comm.jpg
左から順に、1887年完成の「明治元訳」(2冊)、1917年の「大正改訳」、55年の「口語訳」、87年の「新共同訳」
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171221002275_comm.jpg >>96
そのへんもまとめて「キリスト教」だと思ってる人も多いからねえ…
日本のプロテスタントは戦前の社会民主運動の流れからすっかり反日に染まってしまったけど
それでもエホバや末日聖徒(セブンスデーアドベンチスト)、韓国ウリナラ教会と一緒にされたくはないだろう 現在よく見かけるのは
・新共同訳聖書 カトリック+プロテスタントの一部(エキュメニカル)
言葉はやさしいが品位(もっともらしいケレン)が足りないと言われる
・新改訳聖書 プロテスタントの一部(反エキュメニカル)
カトリック教会とかは「不正確だろ、話にもならないや」と攻撃、しかしまた改変してやってくる
・その他 文語訳はもっともらしいケレンに満ちており、使いやすいが、正式のやり方からは外れた ナザレで大工をやっている者ですが、
人生相談をやっているとの事なので
相談にあがりました。
妻のことなのですが、最近様子が変なのです。
神の子を宿したとか、処女懐妊したとか、
訳のわからない事を言っているのです。
もちろん、私にもそのようなことをした覚えはありません。
いったいどうしたら良いのでしょう。
妻は矢口してしまったのでしょうか? >>101
基本的には同意、ただ末日聖徒はモルモンで、センブスデーアドベンチストはまた別な イエスとイエズスとイエスス。
きよしこの夜と静けき真夜中 >>13
聖書配布協力会というプロテスタント系の団体
当人たちは真面目なんでしょうが逆効果 パンを取り挙げ、文(もん)をとなえ、割り給い、御弟子達に賜り、これわわが身肉なり、服せられよとのたまひて:またカリスを取り上げ給い、御礼あって御弟子達に下されのたまいけるわ:各々これを飲まれよ;
汝達(なんだち)と数多の人の科(とが)を送るべきために流すべき新しきテスタメントのわが身の血なり。
汝達われを思い出すためにかくの如くいたされよ
— 『御主ゼス キリシト御パッションの事』 昔のままで覚えてるから変わると混乱する
前にインマヌエルのところが「一人の子を生む」→「男の子を生む」に変わった辺りからかなりあやふやになっている >>97
モロボシ挙リテ迎ヘ祭レ、ですか?
キマセリもウルトラ語だと納得しとけば良かったのに >>12
エゼキエル書の23章とかフランス書院みたいになりそう >>13
聖書配布教会だよ
有名なキリスト看板設置してる団体
簡単な聖書配ってるからもらえば 葬式の歌の始まりの部分だな
キリスト教徒じゃないけどこの歌には妙に縁があって覚えちゃったよ 新共同訳はkindleと音声版を持ってる。
でも一応仏教徒。 >>108
つまらんとか威厳がないとかいろいろ言葉を探していたが、そうか「締まりがない」だな >>103
父親が誰かはともかく
生まれたあとに奇跡起こしてるらしいからなあ >>45
それそれ
一神教はホモとレズには非寛容だよね >>60
選民思想という
俺らだって名門大学から超一流企業に勤務してれば
そういう意識を持って他人を見下すと思う >>80
そっちかプロテスタントが目指したキリスト教の本質
マリア崇敬とかでマイルドに色々誤魔化されてるカトリックの方がいいか? 本じたい古いけど伝承由来だから中身はさらに古い。
昔の一般人は字を読めないしな。自然科学も未発達。
だから作り話という体裁をとることで真理を説くという手法になる。
これはほかの地域でもそうだし、科学が発達した現在でも
その価値は変わらない。由来は中東域だけどその創作を通して
説かれる内容には普遍性がある。 格調を言うなら文語訳聖書を改定すればいいのに
初めに神天地を創造り給へり 新共同訳の朗読CD(というかMP3)を持っているが、ナレーターが誰で何人いるかなど
は明らかにされていない。
人気声優・俳優、アナウンサーを起用して売れば売り上げは伸びるのではないだろうか? >>119
岩波なら塚本個人訳が好きかな
イエスが会話の冒頭で口にする「アーメン」をあえて訳さなかったり
ヨハネの最初も「始めにロゴスがあった」と「御言葉」より解りやすい >>97
僕は「シュワきませり」というのはシャンメリーのフタを開けたときの擬音だと思ってたよw >>96
丸森グループだよ
痛いほどクソ真面目なだけで異端でもカルトでもないよ <<95
古代ギリシャ語のコイネーで書かれた原典読めばいい キリスト教って、エジプトの古代信仰の丸パクリみたいだけど
聖書って意味あるのか?
イシスが赤ん坊のホルスを抱いてる像をテレビで見かけたんで
ググったら、やっぱりねって感じだった 日本の神話だってあっちゃこっちゃから拝借しちゃってるんだからしょうがない
そもそもキリスト教の本質はそこじゃないんだし ネストレが改版し、アメリカ版が追随するたびに、それに追随して改訳する日本語聖書。情けないねぇ・・・ >>143
だいたい世界中がネストレアーラントを鑑みて独自にやってるのであって、アメリカに追随してるわけじゃない
単にアメリカはマンパワーが最強なので早いだけ >>133
元々最後はハッピーエンドのつもりで書かれている。
でも最初に死んだ息子は帰ってこない。
ストーリー
幸せな信心深いヨブがいました
神様は恩恵を与えることにしたら、サタンが言いました「幸せだから神を信じているだけかもね」
神様はヨブに不幸を与えることにしました
ヨブは不幸でも信心深い人でした
神様は今度こそ恩恵を与えることにしましたが、サタンが言いました「不幸が足りないんだよ」
神様はヨブに不幸を与えることにしました
ヨブは隠れて悪いことをやっているから不幸なのだ、と評判まで下がりました
しかしヨブは不幸でも信心深い人でした
神様は今度こそ恩恵を与えることにしましたが、サタンが言いました「もっと不幸なら信心深いか分からないね」
神様はヨブに不幸を与えることにしました
ヨブは全てを失い重病で荒れ野に放り出されました
ヨブはそれでも信心深い人でした
神様は今度こそヨブに恩恵を与えることにしました
するとヨブ曰く「私は悪いことなんてしてないのに、何でこんなことをするの?」
神様は逆ギレして「世界を作ったのは私だ、何が悪い?」と連呼を始めましたよ
そしてヨブには、最初より遥かに優れた状況が与えられました。めでたしめでたし。 >>145
新改訳をカルトといっている人ならいるな
田川建三とか 神父・司祭・司教
これを職業をとする、生業とする関係者たちの、威厳が
新共同訳では、確保できない
みたいな要求が、あったらしい
だから、改訳したんだろう
この現象を、新共同訳的にわかりやすくいえば
バカな神父・司祭・司教が増えてきた
ということかもしれない
つまりこの現象は
聖書の原典というのは、もし直訳したものを用いると
こういう神父・司祭・司教たちの威厳、立場等を
まったく認めない、別にかれらは必要ない・いらない
という趣旨のものである
ということが
こんかい、はからずもそれが明らかになってしまった
ということでは、ないですかね? 神様、極悪人やなw
12天使の一人に過ぎなかったサタンに惑わされてるのが、また >>152
やさしすぎることばでは威厳が保てない、と。
世間一般でもそうですね。やたら専門用語やカタカナ語を使う奴。 >>96
エホバはちょっと違う
駅前なんかで黙って冊子をもって立ってる
中身は同業他社を全力でこき下ろす原理主義だけど >>115
ネコと和解せよのあれか
看板が当初の話よりでかかったり釘で止めてたりと設置のトラブルが多いところか >>157
本人たちは自分たちが本当のキリスト教だと思ってるからタチが悪いね >>157
本人たちはキリスト教原理主義のつもりでしょ
世間でも当然キリスト教のくくりだし
業界からは異端認定されてるけれども >>1
カトリックとプロテスタントは入ってるのに、正教会は入れなくていいんですか? vipで翻訳してくれんか?
日記はスレッド形式でもいいぞ >>160
日蓮系の本家争いみたいなもん
端から見たら全員基地外 岩波訳が学問的とか無知もほどほどに。
新共同訳の方がまだマシだろうに。
旧約は関根訳でいいよ。
新約は田川訳ができたらいいけどな。 >>166
はじめに神は天と地を創造されたんやで。
地は形がなくて、むなしくて、やみが淵のおもてにあって、神の霊が水のおもてをおおっていたんや。
馴れ馴れしい聖書って出したら売れそうやな カトリックのバイアスを我慢すればフランシスコ会訳はいいよ 170だが、自分で少し発言修正すると、
旧約の岩波文庫版は、関根訳でレベル高い。それは間違いない。
岩波の新約が問題外の低レベル。 現在の新共同訳は、欠点もあるがいちおう学術的にもそんなに悪いわけじゃない。
新しい訳を聖書協会という布教組織が出そうという場合、その目的が何か、が重要。
新共同訳の学術的な欠点を修正するためとか、新しい学術的研究成果を反映させるとかならいいが、
護教目的であったり(学術的正確さは既存の教会の教義や解釈をときには否定してしまう)、
教会の保守的な解釈を優先させた翻訳を普及させるためとか、
礼拝で使うための荘重な言葉にしたいとか、
そういう下心があるならその翻訳は信頼できない。
どうも礼拝用とか書いてあるから、神様信じてアーメン言ってるような連中の聖なる経典にしたいんだろ。
そんな翻訳は非信徒の我々には無意味。 >>161
正教会は、変化を嫌がる傾向があり、公式には「ニコライ訳」という文語訳の聖書のみを使っている。
勿論内容は聞いてもほとんど理解できないが、「内容を知りたい人は自分で新共同訳でも読めば?」って感じ。 >>174
「新共同訳の著作権が切れる」のを警戒してるんじゃないかと個人的には邪推している。
20年後くらいの話しだが、それが近づいてから新しい翻訳を出しても普及しないのは目に見えているし。 一七七 はっきり言っておくが、あなたがたは本を買う前にネットで読むだろう。 岩波の翻訳委員会訳は学術的に日本語の最高峰ですね
非信徒ならなおさらでしょう >166
神「天と地を創るンゴ」
神「何か、思っていたんと違うンゴ」 まあ岩波の委員会訳、旧約の方は特にたいてい関根先生のお弟子さんの訳業いって良いほどのものでしょう
必ず関根訳は参照されており、それに最新の研究が乗っかりますからね >>170は文庫の方の話をしているのかしら?
それから新共同訳はプロテスタント信徒からみると、カソリック側に護教的な部分がいくつかありますね
塚本訳の擁護もしておきたいところですが、
翻訳というのは学術的には新しいもので置き換えられますので、新約は岩波の委員会訳とその後に出た田川さんの訳が良いでしょう >>1
意味は判りやすいし、詩的で音韻もそれなり。いい感じだと思うけど >>166
「今やで。 神の国が近くなったで。 悔い改めて福音を信じるンゴ。」 カトリックとプロテスタント って
シーア派とスンニ派 みたいなものですか 聖書が一般向けに印刷されるようになったのって
教会や聖職者から権力を奪うためでしょ、そもそもの話としては >>152
仰るとおり
てかそもそもイエスがキリスト教なるものを創始する気なんてなかったからね 十戒からはじまってお前らが覚えてるちょっと古めかしい聖書の文句は
ほとんどすべてが現在の聖書にない、まめな >>187
カトリック=日本相撲協会とすると
プロテスタント=貴乃花親方が新団体旗揚げしちゃったようなもん >>187
プロテスタントはカトリックから分かれた派閥
プロテスタントも西方教会に入る
16世紀のルターの宗教改革でプロテスタントは出来た
免罪符を売って稼いでたカトリック教会を批判した運動
免罪符はどんな罪も金を払えば神に許されるってシステム カトリックの語源は、普遍的な
プロテスタントの語源は、抗議する者 ここで、いとうまい子が
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