http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/4/8/-/img_485aa49de37502439274471633fad22563457.jpg
http://gendai.ismcdn.jp/mwimgs/2/2/-/img_22c3e8534e841726c12cc8ccf61714e539079.jpg

なかでも、土地柄が強く感じられる名字の宝庫として知られているのが、富山県西部にある旧・新湊市だ。

現在は合併により射水市となっているが、この地域の名字の一例を挙げると「桶(おけ)」「車(くるま)」「水門(すいもん)」「風呂(ふろ)」「綿(めん)」「米(こめ)」「菓子(かし)」「瓦(かわら)」「壁(かべ)」「地蔵(じぞう)」「籠(かご)」「酢(す)」など、他の地域には見られないもののオンパレードだ。

「新湊は江戸時代からの港町で、商人が多いところでした。商人は、たいてい、○○屋という屋号を持っていたのですが、彼らが、明治時代に戸籍に名字を登録する際に、屋号の『屋』を外してそのまま登録したようです。だから、当時の商売がそのまま名字になっています」(前出・森岡氏)

この他、季節柄を表す正月(まさつき)(福島県ほか)、十二月三十一日(ひづめ)(埼玉県ほか)といった名字もある。日本中を探すと、中には、工口(こうぐち)(石川県ほか)、金玉(きんぎょく)(新潟県ほか)、二股(ふたまた)(長崎県ほか)など、名字で苦労をしてきたであろうことが容易に想像できるものも少なくない。滋賀県在住の浮気(ふけ)さん(女性)が、実体験を語る。

「病院で順番を待っている時に看護師さんから大きな声で『うわきさーん』って呼ばれたことは何回もありますね。

皆さん大人なのでさすがにクスクス笑われるなんてことはないですけど、みんなエッという感じでこっちをチラッとみるんです。あれが恥ずかしくて……フリガナをことさら大きく書くようになりました」

■習字で名前が真っ黒に

こうして誤読されてしまうことの他に、漢字という文字の大きな特徴として、画数の多さがある。

現在、日本で確認されている名字の中で、一番画数が多いのが躑躅森(つづもり)だ。全国わずか20世帯ほどしか存在しないと言われ、なんと54画。

岩手県に住む躑躅森文子さんが語る。

「我が家は代々このあたりに住んでいますが、昔は一面にツツジの森がひろがっていて、ご先祖が躑躅森という名字にしたと聞いています。

いまはもうなんともないですけど、子どものころは漢字で名前を書くのがつらかったですね。お習字の授業の時間に、私だけ半紙の名前のところが真っ黒につぶれてしまう。

それにテストの時間に周りが名前を書き終えて一斉に問題を解き始めても、私だけが必死に名前を書いている。なんだか損している気がしました(笑)」

こうして、全国の「珍しい名字」を持つ人々に話をきいていくと、一度は困った経験があるという話がかならず出るのがハンコだ。

そんな「レア名字」のために、約10万種類のハンコを取り揃える「ハンコのモリシタ」(千葉市)の森下恒博社長が語る。

「なかには接待(せつまち)さん、百千万億(つもい)さんなど私も一度くらいしか聞いたことのないものもあります。他の店でも一日待てば作ってくれると思いますが、何かの手続きなどでその一日が待てないという方もいらっしゃいます。先日も千葉県の醤油(しょうゆ)さんから、すぐにハンコが欲しいと連絡をもらい、宅配でお届けしました」

ついつい苦労話ばかりを紹介してしまいがちだが、なかには類いまれな名字ゆえにトクをしたという人もいる。

鹿児島県に住む幸福(こうふく)さん(男性)が言う。

「私は引っ込み思案な子どもでしたが、『お前と一緒にいるとご利益がありそうだ』なんて言われて、妙な人気がありました。

会社に入ってからも、名刺を差し出すだけで『すごいですね、ずっと名刺入れに入れておきます』と喜んでもらえて、そこから話が弾む。いい武器になりましたよ」

ただ、「幸福」さんにも意外な悩みがあった。

「唯一困るのが葬式のとき。記帳で『幸福』と名前を書くと、受付の人から『はあ?という顔をされる。あれはいたたまれなくなってしまいますね(苦笑)」

誰もが当たり前に持っている名字にも、いろいろなドラマがあった。