>>274
そもそも吉田証言が日本軍「慰安婦」問題の火付け役だったという認識がまちがいです。
吉田さんの問題の著書『私の戦争犯罪』は一九八三年に出版されています。当時、中曽根内閣で、元日本軍将兵らの加害証言が出はじめていましたが、「慰安婦」問題は、とくに社会問題にはなりませんでした。
「慰安婦」問題が大きな社会問題、さらには国際問題になったのは、1991年8月に韓国でさんが、元「慰安婦」として名乗り出たことでした。
そして同年12月に金さんを含む三人の元「慰安婦」の女性たちが韓国人の元軍人・軍属たちとともに日本政府を相手取って賠償を要求する訴訟を起こしました。このことが多くの良心的な日本の人々に大きな衝撃を与えました。
衝撃を受けた一人が吉見義明さんで、吉見さんは金さんの証言を聞いてから改めて防衛研究所図書館に通い関連文書を探し、それを1992年1月に発表しました。
これによって「民間の業者」が勝手に連れて歩いただけだという日本政府の言い訳が完全に否定され、日本政府は日本軍の関与を認めざるを得なくなり、日本の国家としての責任が追及されるようになります。
金順学さんが名乗り出たことに勇気づけられた韓国をはじめ各国の被害者が次々と名乗り出て、日本軍「慰安婦」問題が国際問題となったのです。

日本軍「慰安婦」問題の研究も実質的にここからはじまりますが、その時に吉田清治証言をどう考えるのかが問題になります。この点は、信頼できる証言としては扱えないというのが研究者の共通の理解となりました。

当然、吉見義明さんの『従軍慰安婦』(岩波新書、1995年)でも吉田証言はまったく使っていませんし、「河野談話」作成にあたって吉田証言には依拠しなかったことも明らかにされています。
ですから、今回の『朝日新聞』の点検を理由に「河野談話」見直しを要求するのはまったくの筋違いと言えるでしょう。

多くの元日本軍「慰安婦」の女性たちの証言、さらには元日本軍将兵の証言や戦記・回想録、日本軍や政府の数多くの公文書などにもとづいて研究が行なわれ、
日本軍「慰安婦」制度の全体構造とそのなかでの女性たちの被害実態が解明されてきました。
それらの成果はさまざまな出版物、講演会などで市民に広げられ、元日本軍「慰安婦」の方たちの日本政府を相手取った訴訟においても活用されてきました。

朝日バッシングでなされている主張は、この20年来の研究成果をまったく無視したものです。
20年以上にわたる研究者市民の努力による多くの資料の集積と、それをベースにした研究の成果をふまえた議論がなされるべきでしょう。
また、「河野談話」発表以降でも500点以上の「慰安婦」関連の公文書が発見されており、本来、日本政府がきちんと収集しそれらをふまえて日本政府の対応がなされるべきではないでしょうか。