イノシシ肉の生食を原因に発生が続く肺吸虫症:鹿児島県産イノシシの筋肉における寄生状況の調査
(IASR Vol. 35 p. 248: 2014年10月号)

野生哺乳動物(イノシシ、シカ)の肉から、カンピロバクター等の細菌やE型肝炎ウイルスが検出されている1,2)が、これらの動物における病原微生物汚染の全容は明らかではない。
これは野生動物が「と畜場法」の対象動物でないことにも起因すると考えられる。
寄生虫も例外ではなく、たとえば九州南部で発生する肺吸虫症例の約7割がイノシシ肉の喫食に起因すると言われているが、イノシシにおける肺吸虫汚染の実態はよく知られていない3)。
そこで、鹿児島県で捕獲された野生イノシシの肉から肺吸虫の検出を試み、汚染の状況を調べた。

狩猟により捕獲された野生イノシシを食用に処理・販売する鹿児島県の施設から,肉を冷蔵で入手し、これを既報に従い精査して、肺吸虫の幼若虫の検出を試みた4)。
虫体が検出された場合は、すべて遺伝子解析を実施して虫種を同定した4)。

検査材料は7検体で、各検体の重量(体幹部筋肉)は平均 256g(140〜340g)であった(表1)。検査の結果は3検体が陽性で、陽性イノシシ1頭当たり平均 4.3隻(1〜8隻)の肺吸虫の幼若虫が検出された。
虫体はいずれも体長が1〜2mmで、検出時には生理食塩液中で伸縮しながら活発に運動した。また虫体はすべてウェステルマン肺吸虫(人体寄生種)の3倍体型と同定された。

従来、ウェステルマン肺吸虫の幼若虫は宮崎県産イノシシの筋肉から検出されていたが3)、本研究の結果、鹿児島県のイノシシにも寄生していることが分かった。
しかも寄生数が多かった1検体では、215gの肉に8隻の寄生を認め(計算上では約27gに1隻が寄生)、極めて濃厚な汚染と考えられた。このようなイノシシは待機宿主として、
第2中間宿主の淡水産カニ(サワガニおよびモクズガニ)と同様に、ウェステルマン肺吸虫の人への感染源の役割を果たし、発咳や喀痰などの呼吸器症状を特徴とするウェステルマン肺吸虫症を引き起こす。

本研究でイノシシ肉を検査用に提供された施設では、通常は出荷前に肉を冷凍している(−27℃、24時間以上)。
我々の従前の研究により、中間宿主のサワガニに寄生するウェステルマン肺吸虫の幼虫(メタセルカリア)は、カニの冷凍処理(−18℃、2時間)で哺乳動物への感染性を消失することが証明されている5)。
イノシシの筋肉に寄生するウェステルマン肺吸虫の幼若虫も、冷凍により感染性を消失すると考えられることから、ウェステルマン肺吸虫という病原体が人への感染性を保持したままで、イノシシ肉を介し全国に拡散するおそれはないと考えられた。
これをさらに確実とするには、イノシシ肉の肺吸虫汚染という危険性と感染予防に果たす冷凍処理の有効性について、行政がイノシシ肉の取り扱い施設に対し啓発を行う必要がある。
また、野生イノシシの捕獲を担う猟友会に対しては、イノシシ肉の生食は厳禁と周知徹底することが重要となる。