『世界の食べもの』 第1巻 「フランス1 美食の都パリ」
「パリの家庭の朝・昼・夕食」 若林春子
  1936年頃のパリの冬の朝は、 まず、 ごみ集めの車と作業の音が
石だたみの道に響く。
前後して牛乳屋に灯がともり、 やがて凍てついた石だたみの上を牛乳
運びの馬車の轍と蹄の音が近づいてきて、 からんからんと牛乳かんを
入れ替える音とかすかな人声を残して、 また遠ざかっていく。
そしてパン屋に鎧戸を開ける人影が動き始めるころには、 夜は白々と
明け、 ガス燈を残して星が消え、 そろそろ商店に灯がともる。
  そのうちパン屋にちらほら人の出入りが始まり、 キオスク (新聞
売店) 、街角のカフェがそれに続く。
まだ灯をともしたままの朝である。
八百屋や魚屋に品物が出そろうのは、 だいたい8時ごろ。
  パリっ子たちの朝食は、 カフェ・オ・レにバゲットにバター。
フランスではひきたてのコーヒーは、 だいたい昼食後に飲む。
その残りがミルクと合わせて翌朝、 カフェ・オ・レに仕立てられ、
大きなモーニング・カップで、 もっとくだけると台所のボウル
(どんぶり) で飲むということになる。
バゲットとは棒を意味し、 これはフランス独特のパン。
持っただけでぱりぱりっと焦げた皮が落ちてきそうな焼き立てのパンの
おいしさは、 例えようがない。
それに、 このパンの引き立て役として、 クリームの香りに満ちた塩気の
ないノルマンディーのバターが一役買っているのも確かである。
塩気がいくぶんきいたパンに、無塩のバター。