まず、今の用語としては、大和朝廷って言う言葉はやめようか。

それと、客観的に捉える必要があるなら、それ以外に注目するのもいいけど、
もう少しヤマト王権を相対化してみるところから始める方がいいようには思う。

つまり、ごく一言で言えば、あまたいた豪族のうちの一つであるヤマト王権その後存続しただけ、でしょ。

でも、それが今に続いているから、客観視できていないなら、それはよくない。
どこかで途絶えていたら、もう少し客観的だったってことだからね。

途絶えた方がいい、といっているのではなく、客観性をもって、他の勢力もだけど、ヤマト王権も見ればいい。

なぜ、狩猟採集民で武器の扱いに慣れていた相手を坂上田村麻呂が制圧できたか。
もちろん受け売りだけど、ソースは忘れたが、農耕を見せたから、とのこと。

つまり、農耕は土地の所有の概念の結びついて、安定した食糧生産を、未支配の狩猟採集民に見せて取り込んでいった。
農業を知らない人たちからみると、土地の価値はわからないし、でも食料安定供給の意味はわかる。
当然、仲間に入れて欲しくなる。だから土地は渡して仲間になる。
そういう手法。
武力で負けるのに征服(というのはへんだが)できた理由らしいぜ。

正しいかどうかは知らない。

この受け売り、誰の説だったかな?