今から40年以上前、歌手の故・三波春夫さんによる「お客様は神様です」という言葉が大流行した。観客の心をつかむために司会者との掛け合いのなかで生まれた言葉だったが、商店や飲食店の客は神様のように大切に扱うべき根拠であるかのように誤解されるようになっていった。しかし最近では、客は神ではない、という考え方が広まりつつある。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が、「お客様は神様」の終焉について考えた。

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ここ数年、行き過ぎた日本社会の過剰サービスを「辞める・削減する」「適切な対価をもらう」ことがネット上で支持されるようになっている。ザッと挙げると「佐川急便、アマゾンから撤退」「ヤマト運輸、値上げ決定」「ロイヤルホスト、24時間営業中止&年間3日間の休業日設定」「GODIVA、義理チョコやめましょ運動」「兵庫県のスーパー、恵方巻は昨年実績分しか売らない宣言」などがある。

いずれも深夜で効率の悪い時でも営業せざるを得なかった事業者や、ノルマに疲弊するアルバイト、無駄な出費を強いられる女性派遣社員といった人々の苦労を軽減させた方がいいと考える空気が生んだものだろう。

また、昨年、とあるスーパーの「お客さまの声」には、駐車場で男性同士が手を繋いでいたのを見た客が「見ていて気持ちが悪い」「こうした人々を入店させない対策を取ろうと思わないのか? 取らないのならば二度と来ないしネットにそのことを書く」、といった意見と宣言が掲載された。これに対し、店側は「もう来ないでください」「皆さま大切なお客さまです。お客さまを侮辱する方を、当社はお客さまとしてお迎えすることができません」と返事をし、問題提起をした側を出入り禁止にした。これにはネット上でも多数の称賛の声が出た。

モノが豊かになった1980年代以降、サービス提供者はカネを出す側の「お客様」の言いなりになることこそが良いサービスだと思わされてきた。「お客様は神様です」を提唱した三波春夫が本来意図した「ステージを観に来てくれるお客様」を、「どこであろうとカネを払う側は神様のようにエラい」と曲解し、モンスターカスタマー誕生に至った。

そんな時代を経てワタミや電通での過労からの従業員自殺や、ユニクロのブラック企業裁判などが問題となる。客への滅私奉公と過度な社畜っぷりが糾弾される現状は、日本社会でここ30年以上にわたって続けられてきた「超拝金主義」「カネの奴隷化現象」とでもいえそうな風潮にようやく楔を打ち込む形となった。

これまで無理し過ぎていたのである。「客が店内にいるのに店員が座っているとは何事だ!」などとコンビニ店員に対して文句をつけるような輩もいた。別に1泊8万円の高級ホテルに泊まっているでもなく、たかだか150円のジュースを買うために入店している人間が、時給800円台で働く店員にそこまで高いレベルのサービスを求めるべきではない。
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先日、成田空港でLCCが雪で足止めをくらったことに激怒した中国人の175人の集団が大暴れしたが、「約款を読め」で終わりである。「お前達は激安運賃を享受するためにリスクを取ったんだよ」としか思えない。

かつてのネットではサービスや態度の悪い店員を晒すことにより、その店を炎上させる例が相次いでいたがここ数年は店員や店の擁護の方が目立つ。サービス提供者と受益者は同格、ただし上客は優遇するしマナーの悪い客はいらない──こんな姿勢がネットでは支持されるようになっている。客の態度の悪さに悩む事業者はご参考あれ。

●なかがわ・じゅんいちろう/1973年生まれ。ネットで発生する諍いや珍事件をウオッチしてレポートするのが仕事。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『縁の切り方』など

※週刊ポスト2018年3月2日号

2/19(月) 16:53
NEWS ポストセブン
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