http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/030900109/
 ブラジルのパンタナールと呼ばれる熱帯性湿地。そこにある牛牧場の真ん中で起きた出来事だ。
うっそうと茂った木々の中からオオアリクイが姿を現し、湖のほとりで水を飲み始める。
野生動物写真家は、これを撮影しようとおんぼろのカヌーに乗ってカメラを構えていた。すると、視界の隅で何かが動いた。
大型のオスのジャガーだ。

 ジャガーの首の筋肉はがっちりとたくましく、足はボクシングのグローブよりも大きい。
そっとオオアリクイに歩み寄り、その後ろでかがみ込む。そして飛びかかるかと思えたとき、どういうわけかジャガーは動きを止めた。

 世界中でネコ科動物の写真を撮っているルーク・マッセー氏にとって、この2017年9月の光景は、
それまで野生の世界で目撃してきたことのなかでも、特に奇妙なものだった。

「ジャガーが後ろから近寄って来るのが目に入ったとき、オオアリクイはまったく気づいておらず、無防備でした。
ジャガーが狩りを行うシーンか、迫力ある戦闘シーンを見ることができるとしか思いませんでした。
ジャガーが寝そべってただ見ているなんて、想像もしませんでした」

■メニューにない?
 しかし、ネコ科動物の保護団体パンセラが統括しているパンタナール・ジャガー・プロジェクトの研究者
フェルナンド・ロドリゴ・トルタト氏にとっては、驚くような話ではないという。
「オオアリクイはジャガーのエサになることもありますが、パンタナールでは頻繁に起こることではありません。
その確率は5%未満です」。トルタト氏は、電子メールでそう答えている。

 この広大な湿原に暮らすジャガーは、カイマン(ワニの一種)、カピバラ、ペッカリー(ヘソイノシシ)を好むという。
「このジャガーは、お腹がいっぱいだったのかもしれません。きっとアリクイに興味があっただけなのでしょう」

 野生動物の鑑賞ツアーを提供している会社サウスワイルドのCEOで、保護活動家でもあるチャールズ・マン氏は、
別の切り口からこの奇妙な出来事を説明する。
「ジャガーが襲いかからない唯一の理由は、オオアリクイの爪です」

 一風変わった姿をしたオオアリクイだが、実は秘密兵器を忍ばせている。長さ10センチほどの鋭い爪だ。
通常はアリ塚を壊すために使うが、もちろん、攻撃者にとっては恐ろしい凶器にもなる。

■牙と爪の戦い
 2016年9月、ブラジルのグルピ生物保護区に仕掛けられたカメラトラップ(自動撮影装置)に、
ジャガーとオオアリクイが戦う姿が映っていた。
ジャガーがアリクイに飛びかかろうとすると、アリクイは立ち上がって前足を広げ、爪を振りかざしてジャガーに立ち向かった。

【参考動画】カメラがとらえたオオアリクイとジャガーの戦い。(解説は英語です)
https://www.youtube.com/watch?v=i9_bvVkrhKo

「この動画が、この話のもう一つの結末だと思います」とマン氏は話す。
「湖でジャガーがアリクイを狙ったとすれば、アリクイは鋭く強力な爪を振りかざして戦ったかもしれません。
そうなれば、ジャガーも深い傷を負うかもしれず、死に至ることさえあるかもしれません」

 それはジャガーだけのことではない。オオアリクイは、人を殺すこともある。
2007年には、アルゼンチンの動物園でオオアリクイを飼育していた係員がこの爪に襲われて死んでいる。
それ以降、野生環境では、2人のハンターが同じ理由で命を失っている。