■解説

認知症をめぐる言葉は歴史とともに変化してきた。「徘徊(はいかい)」については医療・介護の現場からも
「時代にあわない」と問題提起がなされている。

認知症の人が道に迷うのは、場所や時間感覚がわかりにくくなる「見当識障害」が原因とされる。
長く第一線で認知症診療にあたってきた精神科医の松本一生さんは「経験上、(道に迷う)認知症の人の
7割ほどは、何かしら理由があって歩き、必死になって道を探している」と話し、新たな言葉に言い換えて
いくべきだと指摘する。

介護関係者らが使用停止を呼びかける動きもある。兵庫県たつの市のNPO法人播磨オレンジパートナーは、
「歩く目的あり。徘徊と言わないで!」というメッセージ入りの缶バッジをつくった。賛同した全国の介護関係者らと
ともに16年から「撲滅キャンペーン」を展開する。「認知症をニンチと言わないで!」という呼びかけとセットだ。

「認知症」はかつて「痴呆(ちほう)」と呼ばれ、「何もわからなくなった人」との偏見にさらされた。
侮蔑的な表現であるなどの理由で、厚生労働省が「痴呆」を「認知症」と改めたのは04年のことだ。
その後、名前や顔を隠さず思いを語る本人が次々にあらわれた。

「徘徊」の言い換えについて「認知症の人と家族の会」(本部・京都市)の鈴木森夫代表理事は
「本人が傷つく言葉は使わないほうがいい。認知症の正しい理解のために言い方を変える取り組みは大切だ」
と理解を示す。同時に「言葉だけ変えても介護の現実は変わらず、『散歩』『外出』では伝わらないと感じる
家族の気持ちもある。表面的な言い換えにとどまらず、行動の理由や家族の思いを理解しようとする姿勢が必要だ」
と指摘する。

朝日新聞はこれまで記事や見出しで「徘徊」を使用してきた。私もその一人だ。あるとき「行方不明」になりかけた状況を、
認知症の80代男性が自らの言葉で語るのを聞いた。懸命に周りを見渡して場所の手がかりを探す、
その不安と恐怖が胸に迫り、「何もわからぬ人」が「目的もなく」ではないと腑(ふ)に落ちた。個人の体験ではあるが、
本人の思いに身近に接する人が増えるほど、この問題への理解は進むと感じる。

一方、適切な言い換え表現がないなどの理由から、「徘徊」はなお広く用いられている。今回の見直しは
「私たちは使わない」という朝日新聞の姿勢を示すものだが、使用する立場を批判する趣旨ではない。

認知症とともに生きるとはどういうことか、どんな支えが必要なのか。言葉の問題を一つの入り口として、
読者と考えてゆけたらと思う。


介護事業者らが取り組む「ニンチ・はいかい撲滅キャンペーン」の缶バッジを袋詰めする曽根勝一道さん(68)=写真右。
59歳で認知症と診断された当事者だ〈2017年、堺市(若年性認知症の人と家族と地域の支え合いの会「希望の灯(あか)り」提供)〉
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