■英国に、最も残虐な目に合わされたのは世界中の誰が見ても中国なのにな!
アヘン戦争と、第二次アヘン戦争とも言われるアロー戦争の両戦争が酷過ぎるし。
虐殺され、麻薬漬けの廃人にされ、領土を奪われ。
火事場泥棒のロシアが便乗し来て沿海州と満州までもを北京条約で強奪して行った有様。
世界史上最大の残虐な侵略国英国に身ぐるみ剥がされた中国。
日本憎さの余り其の英国に、日本人にコテンパンの酷い目に遭わされた
我々中国人は可哀想でしょ?と訴えるキンペー!!!
支那人としての誇りを無くして、落ちぶれた中国人達が哀れ杉る。


645 名無しさん@12周年 sage New! 2012/03/06(火) 22:51:43.74 ID:cgmNdM6T0
●「アヘン戦争」は調べれば調べるほど、むごい戦争(汚い麻薬戦争)だったことが分かる。
●まず、有名な「アヘン商人」といえば、中東出身のユダヤ人デビッド・サッスーンが挙げられる。
彼は1832年にインドのボンベイで「サッスーン商会」を設立し、アヘンを密売し始めた。イギリスの「東インド会社」から
アヘンの専売権をとった「サッスーン商会」は、中国で売り払い、とてつもない利益を上げ、中国の銀を運び出した。
(※ デビッド・サッスーンは「アヘン王」と呼ばれた。彼はイギリス紅茶の総元締めでもあり、麻薬と紅茶は、サッスーンの
手の中で同時に動かされていたのである)。
●やがて、清国がアヘン輸入禁止令を出したことに端を発した「アヘン戦争」(1840年)が勃発。
敗れた清国は、南京条約により上海など5港の開港と香港の割譲、さらに賠償金2億1000万両を支払わされ、イギリスを
はじめ列国の中国侵略の足がかりをつくることになる。
その意味では、「サッスーン財閥」はヨーロッパ列国に、第一級の功績を立てさせたアヘン密売人だった。
●アヘン戦争以降、ユダヤ財閥たちは競って中国へ上陸していった。
「サッスーン財閥」はロンドンに本部を置き、上海に営業所を設け、英・米・仏・独・ベルギーなどのユダヤ系商事会社、銀行を
組合員に持ち、「イングランド銀行」および「香港上海銀行」を親銀行に、鉄道、運輸、鉱山、牧畜、建設、土地・為替売買、金融
保証を主な営業科目として、インド、東南アジア、インドシナ、中国に投資を展開していった。
●1930年には、彼らの極東開発計画のため、上海に「サッスーン財閥」の本拠地を建設し、25億ドルの資本による「50年投
資計画」を開始した。(毎年1億ドルの投資を25年間継続して、中国の経済と財政を完全に掌中に握り、後半期25年で、投資
額の4倍の利益を搾取する、というのが当時の彼らの計算であった)。