視覚機能がよく発達したヒトと異なり、げっ歯類や魚類は嗅覚が著しく発達していることで知られ、匂いを用いてさまざまな情報伝達を行っていることが知られています。特に魚類では、成熟するに伴い体内で作られたホルモンが性フェロモンとして体外に放出され、異性がそれを鼻で感じ取ると成熟や性行動を促進することが以前より知られています。しかしこれまでの研究では、実際に性フェロモンが餌の匂いなどの他の匂いとどのように区別されるのか、わかっていませんでした。


今回、生理学研究所の佐藤幸治特任准教授とミネソタ大学の研究グループは、キンギョの嗅神経細胞*1に着目し、これまでに同定された匂いの全てである餌の匂い、社会性シグナル、性フェロモンのどれに反応するのか測定しました。結果、キンギョの嗅神経細胞全体のうちおよそ6割がこれらの匂いに反応し、特に4割もの細胞が餌の匂いに反応し、1割が性フェロモンに反応することがわかりました。さらにフェロモン感受性の細胞は、ヒトのもつ通常の匂いを感知する細胞に相当することを明らかにしました。


本研究結果は、4月23日に英国科学雑誌Chemical Sensesに掲載されました。


ヒトにとって、視覚から入力される情報は生活をしていく上で重要であり、欠かすことのできない感覚です。しかし、視野の悪い濁った水の中などで生活する魚類にとっては、視覚情報よりも嗅覚からの情報を頼りに生活をしているものが多く、特に餌や繁殖相手を探す際には嗅覚を利用していることで知られています。



この研究の社会的意義

魚類にとって餌のシグナルは摂食を促す重要な物質であるため、これまでにアミノ酸を含んだ疑似餌が製品化されるなどの産業利用が実施されています。今回用いたポリアミンはキンギョでは餌の匂いですが、ゼブラフィッシュでは忌避物質であり、アミノ酸に応答する細胞は反応しません。したがってアミノ酸に対する反応を利用した魚種ごとに異なった餌物質の探索が、新たな人工飼料の開発につながることが期待できます。また性成熟の最終段階ではフェロモンの刺激が重要であり、自然に近い形で安全かつ安定的な完全養殖を実現するために、ゲノム情報からフェロモン受容体の有無を探索することが養殖技術の改良に有効であると期待できます。この他にも外来種問題の深刻な北米では、匂いやフェロモンを用いた魚類の集団制御が国際協力で試みられ、重要な研究課題になっています。

図1 性成熟したメスのキンギョは性ステロイドやプロスタグランジン(PGF)という物質を体外に放出し、それを鼻で感じ取ったオスの性成熟や性行動を促す。
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