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日本国民として、最低限知っておくべき正統の政治哲学。真正保守主義。


自殺者が急増・生きることの意味とは何か‐‐‐エドマンド・バーク保守主義者からの手紙 [政治]??[編集]


 2009年9月11日の新聞で、「自殺増 歯止めかからず」という記事を読んだ。全国的に自殺者は過去最悪に迫るペースで増えており、警察庁によると、
全国の自殺者は11年連続で3万人を超えているという。ということは、11年間で33万人以上の国民が自殺したことになる。極めて悲しむべきことである。自殺者に対しては改めて追悼の念を捧げたい。

だからこそ、多くの国民に真正保守主義を知ってもらいたいのである。
ここでは、私の経験と英米保守主義を織り交ぜながら、「自殺」を考える(考えている)人々に少しでも役立つ(かどうか分らないが)アドバイスができればと思い、本稿を書くに至った。

 まず、「自殺」を選択しようとする根本原因は、大部分の人間において「生きていることへの絶望感」である。これは自殺原因の公理と言ってよい。そして、その絶望感と「自殺」への過程とは、

 @??自分が生きていることの“価値”が分らなくなる。

 A自分が“何のため”に生きている(現在)のか、生きてきた(過去)のか、が分らなくなる。
 B自分が生きていることは“苦痛”でしかなく、この“苦痛”から解放されたい。

 Cこの“苦痛”から解放される方法は何か。
 D生きていることをやめること=「自殺」すること。
 である。

 「自殺」を防止するには、まず、上記@からBまでが、すべて誤りであることに気付くことであるが、この時点まで陥った人は、それを誤りだと判断できない、いわゆる精神疾患の状態にあるので、誤りに気付くことが不可能である。
 であるから、まずこれらの人には、上記@ABが誤りであり、これを取り除いてあげる必要がある。つまり、誤りであると気付かせてあげる必要がある。 

@??「自分が生きていることの“価値”が分らなくなる。」について。

 「自分が生きていることの“価値”」とは「自分が生きていることそれ自体」であるから、考える必要など無いのです。これは、“コモン・ロー”の法理であって、コモン・ローによって擁護されている最高の価値なのです。

エドワード・コークのコモン・ローとは、以下のように定義されるからです。

 “コモン・ロー”とは、「@マグナ・カルタに遡る古来からの諸制定法(成文法・人定法)の一群、A古来からの民事・刑事訴訟における判例等の一群、B古来からの慣習、これら@ABのうち、

英国民の私有財産、生命、自由及び(自由とコインの裏表である)道徳(=正義・善悪の基準)を擁護してきたものの神聖な総体」である。

 そして、コモン・ローは過去にとどまるだけのものではない。これらのコモン・ローの中から“発見された”、上記の定義を満たす“新しい法”もまた、“コモン・ローの一部”となって加わって行くのである。

もっと噛み砕けば、「英国の過去数百年間のすべての祖先たちが、叡智を積み重ね、子孫へ承継(相続)せしめてきた、成文制定法、民事・刑事訴訟における判例および慣習のうち、英国民の私有財産、
生命、自由及び道徳を擁護するものとして、取捨選択され、現在まで遺ってきたものの神聖な総体」とでも言うべきものである。

これは、英国においての定義であるが、日本においても英国を日本国に、マグナ・カルタを聖徳太子の「十七条憲法」などに、過去数百年を過去二千年に置き換えれば、全く同様に、いや、英国以上に日本に適用できうる定義である。
??
 もし、これまで自分が生きている“価値”だと思っていたもの、例えば「家族、友人、恋人、仕事、名誉、金品、財産、権力、地位・・・・」などは「自分が生きていること(生命)、
という最大の価値基盤」の上に「自分が創造した価値」であることに気付くでしょう。

 これらのうち、「自分が創造した価値」が失われた場合、“極めて大きな苦しみと悲しみ”を伴いますが、「自分が生きていること、という最大の価値基盤」は失われたわけではありません。

 この基盤的な根本価値である「自分が生きていること(生命)」は、コモン・ローが常に擁護しますから、
上記の「自分が創造した価値」を喪失した“極めて大きな苦しみと悲しみ”を乗り越えることができれば、「新たな自分の価値を創造できる」という希望を持つことが必要です。