▼死因は「低体温症」とみられる とのこと。

▼爺は、居住地とは別の市の駐在所に出向いている。
爺宅は新発田市。出向いた駐在所は阿賀野市。
車で30分ほどの離れた場所にある駐在所。
自ら出向いたのにもかかわらず、
すすめられたのにもかかわらず、
「捜索願」「遭難届」を出さなかった。
家族で捜してみると断った。

▼9時間後、日没時になってやっと「遭難届」を出したため、捜索活動開始は翌朝となってしまった。
父子が行方不明となってから捜索活動開始まで「2日間」のロス。
ビバーク電話から「1日」のロス。

▼父親も、爺婆も、110番・119番通報は一度もしていない。

▼捜索4日目の深夜、新潟県警察本部は連絡ミス・連携ミスを認め謝罪会見を行なった。



「お帰りといいたい」 祖父、声震わせ 新潟父子遭難
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180531-00000112-asahi-soci
朝日新聞デジタル
2018年5月31日(木) 23:30

(一部抜粋)
甲哉さんの上に空くんが重なるようにうつぶせに倒れていた。死因は低体温症とみられるという。

 秀雄さんは2人と連絡がとれなくなった6日朝、駐在所を訪れて相談した。
だがすぐには署に伝わらず、結果的に捜索開始は7日になった。
それでも、「見つかるまで毎日つらかったが、たくさんの人が協力してくださった」
と捜索に携わった人たちへの感謝の言葉を繰り返した。