内田樹
率直に言って、安倍政権は「戦後最悪の政権」だと思います。
この政権の下で特定秘密保護法、安保関連法、共謀罪などの相次ぐ強行採決で立法府が機能不全に陥りました。
公文書の隠ぺい・改ざんでは行政府が致命的に劣化していることが暴露された。森友・加計問題では、
権力者周辺が国富を私物化しているという前近代的な縁故政治の醜態をさらしている。
外交でも朝鮮半島問題では完全に「蚊帳の外」に置かれ、卑屈なまでのトランプ大統領への服従にもかかわらず、
基地問題でも、貿易問題でも、何一つ譲歩を引き出すことができなかった。

 驚くべきは、ここまで無能な政権が5年以上も存続し、いまだに4割近い有権者が支持していることです。
そして、その支持者たちは必ずしも、安倍政治の受益者ではない。これは傍から見たら理解に苦しむ事態です。
「支持者は現実を知らないのだ。彼らに真実を知らしめれば不支持に転じるはずだ」で済めば話は簡単ですが、僕はそうは思わない。
政権支持者たちだって、実は安倍政権が外交政策でも経済政策でも失敗し続けているということは知っているんです。
でも、安倍政権に「それ以上」のものを期待しているから失点にはあえて目をつぶっている。

 では、この人たちは安倍政権にいったい何を期待しているのか。内政外交で日本はすでに多くのものを失っているわけですけれど、
その国益の逸失とトレードオフできるだけの「よきもの」を安倍政権が提供していると考えない限り、
この高支持率は説明できない。彼らが自民党政権に期待している「よきもの」とは何なのか。
それを見きわめない限り、仮に安倍政権が退場しても、その後に第二、第三の安倍政権が生まれてくることを阻止できません。
 僕の解釈では、安倍政権にはまがりなりにも「国家的ヴィジョン」らしきものがあり、政権支持者はそれにすがりついている、ということです。

―― 内田さんは以前から「戦後日本は目指すべき国家ヴィジョンを失ったことが根源的な問題だ」と指摘しています。
順を追って話していただけますか。

内田 「ヴィジョン」とは、国はどうあるべきか、どういうかたちを目指すべきかについての国民的な規模で共有された「夢」のことです。
長期的な目標です。

 それがはっきり示されていれば、今何をすればいいのか、迷うことがない。でも、めざすべき国家像が国民的に共有されていなければ、
惰性のままだらだら進み、そのつど一番大きい声を出す人間に付き従うことしかできない。

 残念ながら、今の日本人には「これから創り出すべき明確な国家像」というものがありません。断片的にはあるかもしれないけれど、
国民的規模で共有されてはいない。だから、この先どうしたらいいか分からない。
現代日本の衰微の理由は「ヴィジョンを失ったこと」だというのが僕の仮説です。……