俺はギャンブルが嫌いだ。
 まずシステムがいただけない。ギャンブルというものは必ず胴元がもうかる、客が損をする仕組みになっている。一度や二度のまぐれ当たりでアブク銭を手にすることはあっても、長い目で見れば必ず損をする。
 そんな遊びに手を出す輩は阿呆だ。
 公営ギャンブルなどもってのほかだ。競馬もパチンコも江戸時代にヤクザが仕切っていた賭場よりも高い寺銭を取っている。
 ただでさえ高い税金を徴収されているのに、さらに金を出すなど愚者の所業だ。
 ギャンブルだと認識している人は少ないが、宝くじも似たようなものである。
 宝くじの寺銭(配当率)はおおよそ四八パーセント。これは仮に宝くじを一人で買い占めても半分は損するという計算になる。
 当選金が増えただの高額になっただの言うが、この数字が変動しない限り意味はない。
 そしてギャンブルで勝って得た金は負けた人の金だということ。
 お金というのは労働の対価、みずから働いてはじめて手にするものであり、だれかの不幸の上に成り立つ稼ぎなど盗んで手にした金にひとしい。そんな汚れた金はいらない。