https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180809-00010000-nknatiogeo-sctch
 野生動物の家畜化について研究するため、60年近くにわたり、ロシアの科学者たちは従順なキツネと攻撃的なキツネを作る交配実験を行ってきた。
これらふたつの集団のゲノムに注目した新たな研究によると、交配はキツネのDNAに驚くべき変化をもたらしていたという。
動物の家畜化だけでなく、人間の社会的行動の理解においても重要なこの成果は、8月6日付けの学術誌「Nature Ecology and Evolution」に発表された。

 1959年、ドミトリー・ベリャーエフという名の生物学者とその同僚たちが、イヌがなぜ家畜化されたのかを理解するために実験を開始した。
彼らは、イエイヌはオオカミの子孫であると考えていたが、イヌとオオカミの解剖学的、生理学的、行動的な違いについては、いずれもまだ理解していなかった。
しかしベリャーエフは直感的に、鍵はイヌの従順さにあると考えていた。彼は、白いまだら模様、巻いた尾、たれ耳、小さな頭骨など、
家畜化された動物に共通する体の特徴は、人間に対して従順になった結果として現れたものという仮説を立てた。

■数千年を数十年で
 ベリャーエフは、特に友好的な個体同士を交配させることによって、キツネを家畜化できるのではないかと考えた。
数千年という時間をかけてオオカミがイヌになったプロセスを、人工的に模倣してみようというわけだ。
彼はカナダの毛皮工場から連れてきたアカギツネの集団を育てて、ソ連の研究所で研究を開始した。

 ベリャーエフの仮説の正しさはやがて証明された。
攻撃性の低い個体同士を交配させて生まれた個体は、人間とのつながりを持ちたがるようになっただけでなく、白いまだら模様や巻いた尾、たれ耳など、
家畜化された動物の特徴を持つに至ったのだ。
こうした体の変化はすべて、人間が近寄ったときにどのような反応を示すかという基準だけによってもたらされたものだ。
具体的には、興味を持って研究者に近づき、身体的な接触を許す個体なのか、それとも人を見ると後退りして、恐怖からシャーッという音を立てたり、
キャンキャンと吠え立てたりするかなどだ。

■遺伝子に隠された秘密
 研究者らは、攻撃的、友好的、そして比較用に普通のキツネをそれぞれ10匹ずつ選んで遺伝子を解読し、アカギツネ(Vulpes vulpes)のゲノムを完全に解読した。
研究を主導した米イリノイ大学の生物学者、アンナ・クケコヴァ氏は、今回のゲノム解読は、家畜化のさまざまな特徴をもたらす遺伝的な違いの発見に役立つと述べている。

 クケコヴァ氏らは、ゲノム領域の103カ所で違いを発見した。
さらに、友好的か攻撃的かという行動の変化にとっては、SorCS1と呼ばれる遺伝子がおそらく鍵であると特定した。
SorCS1と社会的行動との関連が、以前から指摘されていたわけではない。
「この遺伝子は、(人間の)自閉症やアルツハイマー病と関連があることで知られていました」とクケコヴァ氏は言う。
またマウスを使った別の研究では、SorCS1がシナプスの変化と神経の連絡に関わりがあることが明らかにされている。
こうした情報が、SorCS1が社会的行動にどのように影響するのかを理解する手がかりとなるとクケコヴァ氏は考えている。

 家畜化された動物は、見知らぬ人間や物体に出会ったとき、野生動物ほどストレスを感じることがない。
今回、こうした違いを生んでいると考えられる遺伝子の領域も見つかった。
ストレスによって活性化する「視床下部―下垂体―副腎系(HPA)軸」と関わりがある部分だ。
HPA軸は脳と内分泌系の間のつながりを形成し、アカギツネを含め、家畜化された動物ではこの反応が鈍いことが知られている。

 また研究チームは、イヌの家畜化と、人間の遺伝子疾患である「ウィリアムズ症候群」の両方に関連があるゲノム領域にも注目した。
ウィリアムズ症候群は、患者が極端に友好的な態度を取るという特徴を持つ。
ところが意外なことに、ウィリアムズ症候群に相当する部分に変化が見られたのは、攻撃的なキツネにおいてだった。
クケコヴァ氏は、ウィリアムズ症候群の症状は多様で、強い不安をもつ場合もあると指摘しており、これは攻撃的なキツネが人間に対してより強く
恐怖の反応を示すこととつじつまが合う。
米プリンストン大学の進化生物学者、ブリジット・フォン・ホルト氏は、イヌの中には、飼い主と強く友好的な絆を築いていても、非常に攻撃的な個体も存在すると
指摘している。細かい違いを解明するには、まだ多くの研究が必要だとホルト氏は付け加えた。