陸軍省の研究では戦争の舞台は東南アジアとインド洋であり、

当時の日本の海軍力と英国の海軍力を比較すれば十分に勝算があった。

米海軍もフィリピン基地など日本近海の西太平洋側だけならば、当時は日本側の方が物量的に優れていた。

研究班のシナリオ通りに実行すれば、緒戦で英国軍を破って、東南アジアとインド洋の制空海権を奪取、

日本はインドネシアの石油を確保。援蒋ルートも断ち切り、シナ大陸の戦闘を極めて有利に展開できる。

さらにインド、東南アジアが列強から独立し、日本に味方する。

のみならずドイツと提携して米国によるインド洋、スエズ運河からの英ソへの援助ルートを断ち、独伊が欧州戦線で決定的な優位に立てる。

以上は、かなりの成功の可能性に富んだ合理的な戦略であった。

では、なぜ日本は敗戦したのか。「陸軍省研究班の通りに戦争を進めなかったからである。

真珠湾攻撃をして米国を怒らせてしまったからだ。上記の腹案は極力、米国の戦意を抑制することが肝腎で戦闘は英国を主敵とし、

米国とは極力戦わないと考えていた。山本五十六はそれと180度違う挙に出たのだ。

山本五十六連合艦隊司令長官の『暴走』が招いた敗戦だ、と本書は指摘している。

林千勝著「日米開戦 陸軍の勝算―「秋丸機関」の最終報告書

五十六超絶アホすぎワロタ