ユダヤ人国家法を批判するサミ・アワドさん=イスラエル北部ダリヤットカルメルで2018年7月31日午後、高橋宗男撮影
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 イスラエルで先月、新法「ユダヤ人国家法」が施行され、国内で大きな論争が起きている。新法はユダヤ人のみに民族的自決権があることなどを規定した。これに対し、人口の2割程度を占めるアラブ系の国民が猛反発。左派系のユダヤ人も宗教や人種の平等をうたった70年前の独立宣言の精神に反すると批判している。【ダリヤットカルメル(イスラエル北部)で高橋宗男】

 「私はイスラエル人。だが、新法は『きょうからおまえは2級市民だ』と言っているようなものだ」。アラブ系でイスラム教の少数派ドルーズ派のサミ・アワドさん(54)が語気を強める。

 独自の教義を持つドルーズ派はイスラム教の中でも異端視され、アラブ系で例外的にイスラエル軍の兵役に就くなど、「イスラエル・アイデンティティー」が強いとされる。

 ドルーズ派が多いダリヤットカルメルでコンサルタント会社を経営するアワドさんも、かつて軍に32年間在籍した元少佐。「軍にいる間は感じなかったが、ここでは自然と(ユダヤ人との)違いを感じる」と言う。ダリヤットカルメルとは対照的に、車で5分のユダヤ人街は整然と整備されている。「アラブ系だという差別を受けないために『休暇中には軍服を着る』という冗談さえある。新法はこれまでもあった差別を法的に認めるものだ」と憤る。

 商都テルアビブでは先月末から断続的に、新法に反対する大規模デモが続いている。デモに参加したドルーズ派のラワド・アメルさん(18)は「背中から刺されたような気分だ。兵役に就く予定だったが、もう行きたくない」と話した。

 憲法のないイスラエルでは、一般法の上位に位置づけられる基本法があり、新法はその一つだ。法制化を推し進めた右派連立政権を率いるネタニヤフ首相は「イスラエルはユダヤ人国家であり民主的国家。個人の権利は他の基本法で保障されている」と強調する。

 これに対し、独立系研究機関「イスラエル民主主義研究所」の民主主義的価値擁護プログラム責任者、アミール・フックス氏は「独立宣言に反し、新法からは平等と民主主義の要素が抜け落ちている」と指摘。「これまで保ってきた国民国家のバランスが破られてしまう」と危惧する。

 左派的なユダヤ人の間でも政権に対する非難が高まっている。エルサレムのヘブライ大教員、ダフナ・シェルフさん(44)は「アラブ系の友人たちがどう思っているのか想像するといたたまれない。次期選挙で右派が敗れ、法律が改正されることを期待する」と述べた。

ユダヤ人国家法

 イスラエルを「ユダヤ人の民族的郷土」と明記し、ユダヤ人のみが自決権を持つと規定した法律。右派連立のネタニヤフ政権が有権者の支持拡大と政権基盤固めを狙って今年7月、法制化した。公用語はユダヤ人が使用するヘブライ語のみとし、アラブ系が使うアラビア語は公用語から「特別な地位」に格下げするなど、ユダヤ人の優位性を規定。ユダヤ人入植地建設を国益と位置づけ、エルサレムを首都としている。東エルサレムを将来の独立国家の首都と想定し、入植地建設に激しく反発するパレスチナ側とは対立する内容だ。

毎日新聞 2018年8月19日 20時39分(最終更新 8月19日 21時59分)
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