日本人は優しいから南京虐殺をするわけがないって、マジかネトウヨ?


★神戸大学院生リンチ殺人事件
 佐藤たち暴力団員6名(あとから加わった者も含む)は、浦中さんをロープで金網のフェンスに縛り付け、殴る蹴るの暴行を繰り返した。浦中さんが意識を失うと、
冷たい水を浴びせかけた。意識が回復すると激しい足げりを加え、失神すると、同じ行為を繰り返したという。

 暴行場所を作業員宿舎に移し、拉致しそこなったHさんの名前と住所を聞き出すため、浴槽に顔を浸け、拷問した。友人の名前を問われた浦中さんは「・・・1号、・・・2号」「ユーアーマイフレンド」と言ったという。
これは暴行を受け脳震盪を起こしたために、神経機能に障害をきたし、錯乱状態に陥っていたと思われる。

「極道の怖さ教えたる」
 再び場所を変えたのち、佐藤の子分らはそう言いながら、デッキブラシで何度も浦中さんの頭部を殴りつづけた。その後、「た・・・す・・け・て・・」と言う浦中さんに、彼らは小便を掛けている。

 暴行後は組長がショベルカーを使い、浦中さんを生き埋めにするよう指示した。

 3月5日午後4時20分頃、神戸市西区の山間部を流れる宝光芒川の浅瀬で遺体となって発見された。
当時の気温は3℃ほどだったといい、死因は凍死だった。浦中さんの遺体はろっ骨をほとんど折られ、右後頭部はパックリと割れ、くも膜下出血で意識を失った形跡もみられた。
上半身は裸でにあざや切り傷が多数残っていた。また司法解剖の結果、浦中さんを川に放置したのは同日7時頃だったといい、浦中さんはその後、
数時間生存していたとみられる。遺体にはベルトなどを凶器に使ったとみられる形跡もあったという。