保存してないので張れないがたしか児玉誉士夫の秘書の回想録よりとなっていた。

終戦後、GHQは国民が天皇に親しみを持てなくする方法はないものかと
元旧陸軍情報部所属の児玉誉士夫に要請し、資金を提供した。

そこで児玉は、在日朝鮮人のゴミ拾い屋、他(思い出せん)に声をかけ
威圧的な街宣車等で、天皇の名を連呼し練り歩く集団をつくった。

これが絶大な効果をあげ、世間では天皇=うさん臭いイメージができてしまった。
街宣右翼に産廃業者が多いのはこれに由来する。