遣隋使、遣唐使にしても、
短い隋の時代には、すでに前時代までに迫害されてた仏教復興を手がけた王がいたので、
仏教復興がどうなってるかを尋ねに行った
隋も唐も王朝は北方遊牧民のひとつの鮮卑族だが、唐の王家は道教の老子の子孫を名乗り、
道教を重視、仏教や儒教はしばしば迫害
しかし、唐の時代には初期の中国化した漢訳仏典に飽き足らない仏教徒もいて、
三蔵法師がインドに出かけて仏典を再輸入して漢訳した事件もある
遣唐使や空海(真言宗)、最澄(天台宗)は、そんな時代の中国に行き、
道教や儒教に目もくれず、なぜか中国で迫害されてた仏教を日本に持ち込んだ
道教や儒教は日本人からみて、これじゃない感があったのかもしれない