身分解放

統監府は1909年に戸籍制度を朝鮮に導入し、
李氏朝鮮時代を通じて人間とは見なされず、
姓を持つことを許されていなかった白丁などの賤民にも姓を名乗らせて
戸籍には身分を記載することなく登録させた[29]。これにより、
身分開放された白丁の子弟も学校に通えるようになった[29]。

身分解放に反発する両班は激しい抗議デモを繰り広げたが、
身分にかかわらず教育機会を与えるべきと考える日本政府によって即座に鎮圧された[30]。