命をおびやかすセルフ・ネグレクト

セルフ・ネグレクトには、認知症のような病気によって正常な判断力や意欲が低下していることによる場合と、判断力などは低下していないものの、
本人の意思によってなる場合の2種類がある。しかし、自分の心身の安全が脅かされるという意味では、陥っている状況は同じである。
同研究所主任研究員の井上智紀さんは語る。

「私たちの研究では、孤立死の8割の事例にセルフ・ネグレクトと思われるような症状が確認できたんです。ゴミ屋敷はとてもわかりやすい
セルフ・ネグレクトの例ですが、そのほかにも十分な食事を取っていないとか、何日も入浴や洗濯していないとか、排泄物の放置、
あるいは医療の拒否などですね。あとは、家が猫屋敷になっていたりとか、さまざまなケースがあり、これらが複合的に絡まり合っている場合もあります」

この研究結果は、あくまで高齢者に絞った内容になっているが、セルフ・ネグレクトは高齢者の問題だけではないと井上さんは力説する。

「高齢者はまだいいんですよ。65歳以上だったら、介護保険制度があるので、何らかの形で地域包括の方や、民生委員の方がコンタクトを取りに行くんです。
民生委員の訪問などは頻繁ではないかもしれませんが、その中で何らかの異変に気づいてもらえるきっかけにはなる。何らかの兆候が発見されて、
介護サービスにつなげられる可能性がまだあるんです」

むしろ難しいのは65歳未満だという。井上さんは例を挙げる。例えば、50代でリストラされて、失業した男性がふとしたきっかけでお酒に手を出してしまう。
そして、そのまま酒浸りになり、アルコール性肝障害にかかってしまう。しかし、賃貸アパートということもあり、両隣と付き合いのないまま男性は孤立。
行政のサポートからはあぶれているし、仮に亡くなったとしても、まったく発見されないため、孤立死してしまう。

リストラや配偶者との離婚や死別から、セルフ・ネグレクトになって孤独死するといったケースは、確かに特殊清掃の現場でもよく見られた。

リストラは、誰にだって人生の一大事だし、離婚や死別なんていったら、落ち込むどころではない。しかし、それらはいつ訪れるかもわからない。
そのぐらい私たちにとっては身近な出来事だ。セルフ・ネグレクトに陥っても、福祉の網の目にはかからないのが、より一層この問題を見えなくしている。

団塊ジュニア、ゆとり世代は要注意

孤独死の危険が高いのは、団塊ジュニア、そして、ゆとり世代だ。30〜40代の働き盛り、まさに就職氷河期世代で、非正規でずっと生きてきた人も多く、
職場の人間関係も乏しい。金銭的に苦しいため、結婚もできない。まさに、この人たちは孤独死予備軍である。さらに、内閣府の調査で70万人といわれる
引きこもり(予備軍は155万人)も、すでにセルフ・ネグレクトと言えるケースもあるだろうし、身の回りの世話をしてくれる両親がいなくなったときに、
セルフ・ネグレクトから孤独死に陥ることも十分に考えられる。

セルフ・ネグレクトには、介入しづらい。そもそも見守りなどのシステム自体もない高齢者以外は、介入の前に存在の発見さえも難しいことがある。

それこそ孤独死してから、臭いが発生するまで、セルフ・ネグレクトであることを住民の誰もが知らないということも考えられる。また仮に近隣の住民が、
「なんかおかしい」と思ってはいても、付き合いの浅い賃貸住宅などでは、見て見ぬふりをすることだってある。

「孤独死は、周りの人たちとのコミュニケーションが薄い状態がもたらすということ。地域でも、会社でも、趣味でもいい。人とのコミュニケーションを
密にすることが大事なんです。人付き合いのわずらわしさは確かにあるんですよ。でも、そこをできるだけ面倒臭がらないことですね」

自分がセルフ・ネグレクトになったとしても、誰も助けてくれない可能性もある。そのため、「誰もがセルフ・ネグレクトに陥ってしまうかもしれないという
危機意識は持っていたほうがいい」。井上さんは語った。