日露戦争前の殖産興業華やかなりし頃の話。
明治政府官営の製糸業、紡績業は大いに栄え、
繁忙の極みであった。
品質の良い日本製の裏地は特に貴重とされ
西洋諸国からの需要は過去最高潮に達していた。
多くの裏地はシベリア鉄道でサンテトペテルブルグを経由して
西洋諸国へと運ばれ高値で取引きされた。
ロシアの港ではそういった日本製の裏地が今や遅しと
うず高く積まれていき、
いつしかその港は誰が言うでもなく
ウラジヲストックと呼ばれるようになった。
(民明書房「ストック裏地」より)