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農民の年貢は税収の比重が大きかったため、農民が逃げたり副商売をして生産力がおちたり、町人に移ることをなんとしても止めたいという政策は必要だった
領主が走百姓を防ぐために農民が商工より優越するような誤ったデマ情報を領主側が広めるぐらいのことはしただろう
孔子の時代から農民が必死に税収をおさめることで権力が維持されたわけだから、農耕系社会の儒教道徳としては間違っていない

https://kotobank.jp/word/走百姓-114322
世界大百科事典内の走百姓の言及
【欠落】より
…【藤木 久志】 近世に入っても,小百姓や隷属的な農民が,逃散に至らぬ小規模な抵抗の形態として村外,領外に逃亡することがしばしば行われた。
初期の領主禁令では,このような欠落人を,多く走(はしり)百姓,走りものなどと称し,厳しい処分規定を設けている。欠落の類語に,家出,出奔,
立退(たちのき),風与出(ふとで)などがあるが,中期以降は,階層,理由を問わず,これら居住地からの失踪行為全般を意味する用語として,欠落が広く使用された。…

【逃散】より
…近世成立期の17世紀前半,逃散は領主に対する農民の主要な抵抗形態であった。その中には,〈走り者〉〈走百姓〉などの呼称であらわれる,隷属農民や
小百姓の個別的な欠落から,大百姓が村内の小百姓や隷属農民を引き連れて村ぐるみで逃亡する集団的な逃散まで,さまざまな規模・形態のものが含まれる。
このうち〈走り〉〈欠落〉などの個別的な逃亡を除外すると,逃散は単なる村からの逃亡ではなく,領主に要求を受け入れさせるための計画的な同盟罷業と
いった色彩をもつことが多かった。