世界遺産・仁和寺(にんなじ、京都市右京区)で平成30年12月、重要文化財の二王(におう)門に千社札(ぜんじゃふだ)が貼られる事件があり、京都府警が文化財保護法違反の疑いで、東京都内の60代男を書類送検したことが25日、捜査関係者への取材でわかった。文化庁によると、文化財に参拝した証しとされる千社札を貼り付ける行為に同法が適用されるのは全国で初めてという。

 捜査関係者などによると、男は12月20日午前9時25分ごろ、仁和寺の二王門の梁(はり)や柱などに「玉木家」「西町」などと記された千社札計5枚を貼った疑いが持たれている。寺の関係者が剥がしたところ、門に一部跡が残っており、府警は起訴を求める「厳重処分」の意見を付けた。

 府警や仁和寺によると、事件当日、寺の関係者が長い棒を使って高さ約4メートルの梁に札を貼り付ける男を目撃。男のそばには、千社札が大量に入ったバッグが置いてあったという。

 関係者が注意すると、男は近くに止めていた車で逃走したが後日、右京署に出頭。容疑を認め、任意で取り調べを受けていた。

 ■強力接着剤「建物破壊する行為」

 神社仏閣を参拝した証しとして境内に貼られてきた千社札。建物保護の観点から貼り付けを禁止するところも多いが、無断で貼られるケースが後を絶たない。

 「千社札を貼るのはご遠慮ください」。長野市の善光寺は、仁王門への貼り付けを禁止する看板を設置している。昨年9月には門の保全のため、僧侶らが約10日間かけて既に貼られていた約1200枚を剥がした。同寺は「参拝者の良心に任せるしかないが、建物を守るためにも千社札は控えてほしい」とする。

 米映画「ラストサムライ」のロケ地として有名な兵庫県姫路市の円教寺も貼り付け禁止を呼びかける。代替策として境内に貼ってもよい場所を設けたが、禁止されている建物に貼られるケースが絶えない。

 禁止の背景には近年、シール式や化学系接着剤で貼る札の増加がある。こうした札は剥がし方によっては建物を傷つける場合もあるからだ。

 千社札の風習は18世紀後半に江戸で誕生したとされるが、当時は和紙に墨刷りした札に、でんぷんなど天然素材の糊(のり)を用いていたため、建物が傷む恐れはなかった。しかし、漆塗りの柱や壁に化学系接着剤を使用した札を貼られると、漆が変質して下地まで侵食し、建物そのものが大きく傷つけられる恐れもある。寺院関係者は「建物を破壊する行為と変わらない」と憤る。

 そもそも千社札の由来は何か。「千社札にみる江戸の社会」などの著書がある成城大非常勤講師の滝口正哉さん(45)によると、江戸では、各地の稲荷(いなり)神社を参拝して商売繁盛を祈願する「稲荷千社詣り」が流行。参拝した証しに氏名や住所を記した札を境内に貼ることで、願いがかなうと信じられており、信仰の一環として長らく許容されていた。

 中には、より目立つ位置に札を貼ろうと、長いさおを使い、手の届かない天井裏や梁などに貼る人もおり、「幕府から禁止令が出るほど一部で過熱した」(滝口さん)という。


 そんな千社札も、昭和25年に文化財保護法が施行されると、建物保護の観点から禁止する神社仏閣が増えた。文化庁の担当者は「宗教的な行為としての側面もあり、一概に法規制はかけられない」と説明。そのうえで「禁止する旨を表示しているのに貼るなど、場合によっては適用される可能性がある。必ず神社仏閣に確認するなど、決められたルールの中で貼ってもらうしかない」と話している。(桑村大)

【画像】千社札のような紙が貼られた仁和寺の二王門(仁和寺提供)
https://www.sankei.com/smp/west/photos/190325/wst1903250014-p1.html

https://www.sankei.com/smp/west/news/190325/wst1903250014-s1.html
2019.3.25 13:06産経WEST