■梅の花の歌32首 序文 現代語訳

 天平2年1月13日、帥老(そちろう。大伴旅人のこと)の邸宅に集まって、宴会を開いた。
 時は、初春のよき月夜(十三夜)で、空気は澄んで風は穏やかで、梅は女性が鏡の前で白粉の蓋を開けたように花開き、梅の香りは、通り過ぎた女性の匂い袋の残り香のように漂っている。
それだけではなく、曙(朝日)が昇って朝焼けに染まる嶺に雲がかかり、山の松は薄絹に覆われて笠のように傾き、山の窪みには霧が立ち込め、鳥は薄霧に遮られて林中を彷徨う。庭には今年の蝶が舞い、空には去年の雁が北に帰る。
 ここに、天を蓋、大地を座として、お互いの膝を近づけて酒を酌み交わし、他人行儀の声を掛け合う言葉を部屋の片隅に忘れ、正しく整えた衿を大きく広げ、淡々と心の趣くままに振る舞って、おのおのが心地よく満ち足りている。
これを和歌に詠むことなくして、何によってこの思いを述べようか。
『詩経』に落梅の詩篇があるが、この思いを表すのに、昔の漢詩と今の和歌と何が違うだろう(何も違わない)。さぁ、庭の梅の風景を、今の思いを、いささか和歌に詠もうじゃないか。