考案者が護憲派、親韓派であることは既知

元号由来は万葉集に収められた大伴旅人「梅花宴」の序の漢文「初春令月、気淑風和」から
旅人が大宰府左遷時に梅の花について詠んだもの

この万葉集の元ネタである張衡「帰田賦」は「政治が腐敗しきって世の中が全く良くならないので田舎に帰らせていただきます」という内容
張衡を失望させた政治腐敗を招いたのは2人の皇帝。1人は順帝、もう1人はその父親「安帝」
この安帝は後漢王朝の皇帝だが、中国史にはもう1人安帝がいる。それは「東晋」王朝の安帝
後漢は三国志の直前、東晋は三国志の直後といえば日本人にもわかりやすい
考案者が帰田賦を知っていたと思われるが、この元号を意識して考えたかは謎

安倍が安の字を入れようとし、皇太子に拒否されたのは、全く証拠が無く妄想の域だが、反証も無いのであり得ないとまでは言えない。

ここまでは間違いない