◇昭和天皇も座れなかった席
【関連写真】朝乃山に米国大統領杯を授与するトランプ氏

 大相撲夏場所千秋楽を迎えた26日、東京・両国国技館は終日、トランプ米大統領の来場とその余波で異様な雰囲気が漂っていた。来場決定以来、升席に椅子を置くというスタイルなどが話題になった異例の観戦。大相撲の伝統との折り合いも考えさせられる一大イベントだった。

 トランプ大統領夫妻と安倍晋三首相夫妻が座ったのは、正面の土俵下たまり席と通路の次にある升席最前列。升席の枠を取り払い、4人分のソファを並べた。朝乃山−御嶽海戦の前に入場し、三役そろい踏みを挟んで結びの豪栄道−鶴竜戦まで5番を観戦。表彰式では優勝力士の朝乃山に「米国大統領杯」を授与して、国技館を後にした。
 国技館の2階には貴賓席がある。昭和、平成時代の天皇陛下も英国のダイアナ妃も、貴賓席で観戦した。とりわけ昭和天皇は相撲が好きで、1985年に開館した現国技館を建てる際、日本相撲協会の春日野理事長(当時、元横綱栃錦)は貴賓席を1階につくれないかと各方面に働き掛けていた。警備上の事情でやむなく断念し、「お好きな相撲をもっと近くでご覧いただきたかった」と残念がったものだ。
 国技館の入り口近くには、蔵前国技館から移設された昭和天皇の御製記念碑が建っている。
 「ひさしくも 見ざりしすまひ(相撲) 人々と 手をたたきつつ 見るがたのしさ」
 55年5月、初めて蔵前国技館を訪れた際の感慨を詠まれた御製。終戦から10年たった時代の空気も伝わってくる。
 貴賓席から身を乗り出すように土俵を見詰め、詳しい質問をされるので、歴代理事長が驚くこともしばしばだった昭和天皇。文字通り「人々と手をたたきつつ」観戦する様子を記憶している相撲ファンは、この日の日米両首脳の観戦姿をどう見たか。平成も終わり、令和最初の国賓として来日した米大統領の観戦。昭和がますます遠く感じられた。

安倍晋三首相(後ろから2列目の左端)らとともに観戦するトランプ米大統領(同中央左)。土俵上は朝乃山(右)と御嶽海=26日、東京・両国国技館(AFP時事)
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◇62年前の升席撤廃論
 異例ずくめの観戦では、伝統との折り合いも話題になった。トランプ大統領が表彰式に臨む際、妻のメラニアさんが土俵近くまでエスコートする案があったが、相撲協会の説明を聞いて、席で見守ることになったという。相撲協会は昨年、土俵の女人禁制問題で批判を浴びている。準備に携わった親方は「想像以上に、こちらの伝統を理解し尊重してくれた」と胸をなで下ろす。
 一方、「女人禁制の問題では、伝統は時代とともに変わるものだとか言われるのに、升席で座って見る相撲の伝統は守れという人がいる」とぼやく親方もいた。
 升席は、果たしてかたくなに守るべき相撲文化なのか。記録に残る議論の一つとしては、57年の国会ですでに升席撤廃論が語られている。
 この年の国会では、相撲協会の存在意義が厳しく追及され、出羽海理事長(元横綱常ノ花)が割腹するなど相撲史に残る「事件」となった。4月の衆院文教委員会には、参考人として武蔵川理事(元幕内出羽ノ花、のち理事長)らが出席。入場券販売を仕切る相撲茶屋の在り方などが長時間議論され、その中で升席の問題も議論された。
 撤廃論の主な理由は次のようなものだった。升席は狭くて体の大きな客や足腰の悪い客には苦しい。升席で飲食しながら相撲を見て、中には土俵に尻を向けている客がいるのは、スポーツに対する冒とくである。靴を脱いで升席に座っては、万一の災害時などに避難が遅れる−。
 62年前の議論だが、今にも通じるものがある。その後の社会の変化が加わり、八角理事長(元横綱北勝海)も「升席には伝統があるので残すが、高齢化や外国人客の増加などを考えると、一部は椅子席にしていかなければ」という。
 現在の国技館の升席は幅130センチ、奥行き120センチ。蔵前国技館の125センチ四方とほとんど変わっていない。ますます窮屈になり、最近は升から足を出して座る客が増えて通路が歩きにくいなど、支障が生じている。
 工事費や原資、収入の試算など難題が多くて具体化はしていないが、また相撲人気が下火になる時が来たら、狭い升席はマイナスイメージを助長する。これを本格的な検討の契機にしてもいい。異例の観戦に協力した分、何かしら物にするしたたかさを相撲協会に期待するファンもいるだろう。


時事通信 
2019年05月26日21時25分
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019052600494&;g=spo