https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190809-00000002-withnews-sci&;p=1

あなたは全国に点在する、「巨大仏」を見たことがありますか? 鎌倉や、奈良の大仏のこと? 
いえいえ、もっと大きいんです。100メートル級のものもあり、SNS上には、インパクトある写真が流通。
「ラスボス感半端ない」などと、度々話題を呼んでいます。「天をつく仏様」は、いかにして現れたのか? 
歴史をひもとくと、平和への思いを起源に持ちながら、「色物」との批判に耐えてきた背景が見えてきました。
時代を映す「鏡」とも言うべき、その存在のルーツを探ります。


「日常が特撮風味になる」

「巨大仏」と聞いても、はっきりとイメージが出来ないという人がいるかもしれません。まずは、どんなものなのかを確認してみましょう。

SNS上にはしばしば、空に届きそうなほど、背の高い仏像の写真が出回ります。代表的なのが、茨城県牛久市に立つ阿弥陀如来像「牛久大仏」です。
東京・浅草にある東本願寺が、霊園「牛久浄園」のシンボルとして、1992年に完成させました。

凄まじいのは、その大きさです。寺によると、台座を含め、高さは約120メートルにもなります。米国・ニューヨークの「自由の女神」は、
像だけで約40メートルなので、何と3倍ほど。95年には、世界一高い青銅製の立像として、ギネスブックにも登録されました。

仙台市郊外に立つ、コンクリート製の「仙台天道白衣大観音(仙台大観音)」も、ネット上で話題に昇る像の一つ。
管理する「大観密寺」によれば、同市政の施行100年を記念し、1991年に完成しました。高さは約100メートルで、真っ白な塗装が特徴的な観音像です。

周辺は丘陵地帯を切りひらいた住宅街で、坂道に囲まれています。ファンに人気なのは、民家の合間から、「ぬっ」と顔を出す構図です。
あまりの印象の強さに、「異世界ぶりが想像以上」「日常が特撮風味になる」などの感想が、引きも切りません。


現実と夢の境をなくす存在感

圧倒的な存在感を誇る巨大仏。その姿のとりこになった、プロのカメラマンもいます。

「何も無い空間に、人型をしたものが、こつぜんと現れる。他ではあり得ない光景ですよ」。熱っぽく語るのは、写真家の半田カメラさんです。
全国で200体以上の大仏を撮影し、写真集『夢みる巨大仏 東日本の大仏たち』(書肆侃々房)などにまとめてきました。

高層建築物好きが高じ、巨大仏にひかれるようになったという半田さん。眺めているうちに、「現実と夢の境目がなくなる」
感覚に襲われる点がたまらない、と言います。

野原や住宅地の真ん中に、仏像がすっくと立ち上がっている――。その不思議さは、確かに言葉では表しきれないものです。
反響が大きいのもうなずけます。

その大きさに制約なし

話題を呼んでいる巨大仏ですが、実は昭和初期〜平成中期に建立されたものが多くあります。古来の「大仏」と比べ、どんな点が異なるのでしょうか?

手始めに、大仏という言葉を辞書で引いてみると、次のように解説されていました。

◆巨大な仏像。丈六(像高約4.8メートル)以上のものをいう。
(三省堂「大辞林」第三版/コトバンクから)

「丈六(じょうろく)」とは、「一丈六尺」という高さの単位のこと。「お釈迦(しゃか)様の身長が一丈六尺だった」という伝説にちなんでいると言われています。

大仏といえば座った状態、というイメージが強いかもしれません。これは「坐(ざ)像」と呼ばれ、全長が「八尺(2.4メートル)」以上のものを指します。
有名な「奈良の大仏」は約18メートル(台座を含む)、「鎌倉の大仏」は13.4メートル(同)です。

一方、巨大仏の高さですが、実は明確な決まりがありません。そのため、主観的に「巨大」と見なされる仏像は、全てこのくくりに入ります。

宗教的な制約が少なく、自由な進化を遂げた大仏――。そんな定義づけが出来そうですが、何だかモヤモヤした部分も残りますね。

そこで、旅行エッセイスト・宮田珠己さんの著作『晴れた日は巨大仏を見に』(幻冬舎文庫)をひもといてみました。
すると、「全長40メートル以上」を一応の基準とする、という趣旨の一文が目に入ってきます。

「(身長40メートルの)ウルトラマンよりデカい」というのが理由ですが、不思議としっくりくるようです。今回は、この基準を元に、話を進めていきましょう。

※以下、全文はソースで

青空の下、車道越しに立ち上がる「仙台大観音」。
https://lpt.c.yimg.jp/amd/20190809-00000002-withnews-000-view.jpg