神戸発砲事件前日の8月20日、長野県飯田市でも緊迫の事態が繰り広げられていた。六代目山口組・弘道会VS任侠山口組(織田絆誠組長)の対立だ。

「20日の午後2時半すぎ、飯田市内の喫茶店駐車場で、6人ほどの男たちが1人の男性に暴行を加え、車に乗せて“拉致”するという事件が起きました。連れ去られた男性はその後、解放されましたが、頭部に傷を負い、全身打撲と左手足、腰を骨折しており、激しい暴行を受けたことが分かったそうです」(全国紙社会部記者)

被害を受けたのは、弘道会の野内正博統括委員長率いる野内組傘下で、飯田市に拠点を置く三代目近藤組組長と判明。事件当初、駐車場で異様な様子を目撃した従業員が通報を入れており、ナンバーが一致する車両を長野県警の警察官が別場所で発見。偽造ナンバーだったため、車内にいた3人を道路交通法違反の容疑で逮捕したという。その中の1人が、任侠山口組傘下の四代目竹内組(宮下聡組長=長野)組員だったのだ。

「3人が実行犯だという確証はまだありませんが、県警は逮捕監禁事件の可能性も視野に入れ、取り調べを進めているようです」(同)

近藤組組長が負った怪我からは、執拗な暴行が加えられたことがうかがえ、その日のうちに野内組勢が飯田市内に詰め掛け、臨戦態勢を敷いたと伝えられた。

「7月中旬に飯田市内で野内組と竹内組が揉めて、乱闘になったことがあった。以前から火種はくすぶっていて、竹内組側の我慢も限界に達したということではないか」(他団体幹部)

山口組の分裂直後、長野県では当時、六代目山口組直系組織だった二代目近藤組と神戸山口組・山健組最高幹部だった金澤成樹組長(現・任侠山口組副本部長)率いる三代目竹内組が壮絶な対立を繰り広げ、近藤組幹部が、移籍したとされる兄弟分を射殺(平成27年10月)。平成29年に金澤組長が山健組から離脱し、任侠山口組の発足メンバーとなって以降も、長野県では睨み合いが続いていたのだ。

しかし、近藤組組長が凄惨な暴行を受けた背景には、さらに複雑な対立が見え隠れするという。

「事件当日、近藤組組長は知人と1対1で会うという約束をして喫茶店に行ったそうだ。ところが、複数の男たちが待ち構えていて、スタンガンを押し当てられ、結束バンドで縛られた上、車に押し込められたと聞く。鉄パイプで執拗に痛め付けられ、何らかの要求を突きつけられたようだ。任侠側が行動を起こしたとすれば、なぜ、このタイミングで直接的な暴力に打って出たのか不可解だ。野内組に敵意を持っているのは、竹内組だけではないからな」(同)
近藤組組長は退院し、現在は復帰しているという。

一方で、中国地方でも六代目山口組と神戸山口組との間でトラブルが起きており、業界内で「危ない」と言われた“魔の8月”に流血事件が多発。全国的に不穏な空気が漂っている。

https://news.livedoor.com/article/detail/17008730/
2019年8月31日 2時0分 週刊実話