【中国を許すな】中国のウイグル弾圧に米国“中国政府高官や中国共産党幹部へビザ発給制限”のムチ 収容者数百人の“連行動画”も流出
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2019.10.10 12:30
■新疆(しんきょう)のウイグル人自治区
アメリカのトランプ政権は8日、中国による少数民族の弾圧をめぐり、中国政府の関係者らにビザの発給を制限すると発表した。
アメリカ国務省によると、ビザ発給の制限対象となるのは、新疆ウイグル自治区での少数民族の弾圧に責任があると判断された、中国政府や中国共産党の関係者。新疆ウイグル自治区での人権侵害をめぐっては、中国の監視カメラ会社など28の企業や団体が少数民族の拘束や監視に関わったとして、アメリカ商務省が7日に禁輸措置を発表したばかりだ。
中国国内の新疆ウイグル自治区にある“再教育施設”には、イスラム教徒を多数派とするウイグル族が大量に強制収容され、ウイグルの文化・宗教戒律などを徹底的に否定するような教育を受けているとされている。“共産党の教義に洗脳するための場所”として国際的に非難される一方、中国政府は「あくまで自発的な職業訓練センターで、テロリズムと闘っている」としている。
そんな中、いま国外のウイグル族の間で話題になっているという動画がある。そこには、収容者数百人を目隠しで連行しているとみられる様子が映っており、再教育施設から刑務所に移す際の映像ではないかということだ。
CNNの取材に対して中国当局は、「法に準拠した犯罪の取り締まりは、あらゆる国で共通して行われている」と強調したうえで、「新疆での犯罪取り締まりは民族や宗教と一切関係がない。司法当局が拘置所の収容者を護送するのは普通の司法行為だ」と話している。
この映像が公になった経緯について、『ニューズウィーク日本版』の長岡義博編集長は「中国の高官への説明用に撮られたものだと思うが、流出した経緯はハッカーによるコンピューターへの侵入だと言われている」と説明。
また、アメリカが中国への措置を続けることについては「トランプ大統領としては下がり気味だと言われている経済に集中したい状況だ。米中貿易戦争で悪化した関係を改善するためにファーウェイとの交渉を軟化したり規制を緩めたりと、“アメ”を使おうとしているが、アメだけでは中国に言うことを聞かせることはできないので、時には“ムチ”も使う。このウイグルの問題はそのムチに当たる」との見方を示した。
アメリカでは来年に大統領選を控えているが、長岡氏によると外交はあまり得点にはならず、他国の中国での人権問題に国民の興味も薄いという。しかし「それは日本人にとっても同じこと」だといい、「ウイグルと聞くとシルクロードのドラマチックなイメージを持つ人は多いと思う。今日本人は香港に大きな関心を寄せているが、ウイグルではそれ以上に深刻な人権侵害が行われていて、日本もアメリカももっと関心を持っていい。先ほどの映像はこれまでに出てきていないニュース性の高いものだ。隣の中国で起きている人権問題を認識することが大事だと思う」と述べた。
https://times.abema.tv/posts/7023247
■動画:丸刈りに目隠しで拘束...中国がウイグル人などに人権侵害を行っているとして米が圧力
https://abema.tv/video/episode/89-71_s10_p565
■関連記事
2019年10月2日 7時15分
中国政府による弾圧で、ウイグル人が「臓器狩り」の犠牲になっているという
イスラム教徒であるウイグル人は豚肉を食べたり、酒を飲んだりしない
そのため、臓器を高値で指名買いするイスラム系の移植希望者などもいるそう
「イスラム教徒の臓器移植希望者は『豚肉を食べていないハラルの臓器が欲しい』と言ってくる。社会的影響力が高いお金持ちで、普通の臓器よりも値段が2〜3倍高く売れる」(日本ウイグル協会幹部)(全文はこちらへ)
https://news.livedoor.com/article/detail/17169274/
https://i.imgur.com/YSQITKU.jpg
https://i.imgur.com/HFwRFNs.jpg
https://i.imgur.com/pIX9RKe.jpg
https://i.imgur.com/WOEesql.jpg 半年一回”選別”作業するだろうね。すぐ満員になるから、在庫処分が必要なのかな この時代にこんな身近に本当に民族だけを理由に強制収容&思想改造する国があるんだよなぁ…
しかも小さな部族国家とかじゃなくて世界最大の人口を占める国だぞ
何か価値観が違い過ぎてクラクラする あの映像、凄い胡散臭いんだけど
あとウイグルにIS来てるのはほんとで、中央アジア諸国やロシアもなんとかしてって言ってるし
ただそれ抜きにしても、アプリDLしただけで拘置所行とかいう措置はやり過ぎ
陳全国はマジで糞 この動画とか伝えてくれてるが、
トランプの政敵であるバイデンが、息子経由で中国とベッタリで、
ウイグルや香港の顔認証監視システムの利権にかかわってる
だからトランプがバイデン叩きのために、ウイグル問題追求してるらしい。監視システムはバイデン息子絡んでると
アメリカと中国の関係は単純ではない!こういう人が大統領候補になるかもしれない 2019/10/10
https://www.youtube.com/watch?v=FLv0XZMAYSo ▼厚顔無恥でその場限りの中国共産党政権に毅然たる態度を▼
2005年前後、中国では反日の嵐が吹き荒れたのは記憶にあるだろう。
北京の日本大使館、上海の日本領事館が投石され、ペンキを投げられ、
窓ガラスが多数割られた。(日本は東京元麻布の中国大使館に対して
そんな野蛮な犯罪は働いていない)。
2010年、尖閣で海保巡視船と中国漁船が衝突した「尖閣漁船衝突事件」
の真相は、中国漁船が日本巡視船に故意に突っ込んできたものだ。
海保職員の一色さんが解雇覚悟で映像を公開し、全世界が真相を知った。
ところが中国国内のメディアでは、日本巡視船が中国漁船に故意に3回も
突っ込んだ図を繰り返し報道していた。「白黒逆転させる」中国共産党の
悪質極まりない伝統的手法である。
こうして中国国民の反日感情を掻き立て、中国共産党は中国国民から党へ
の支持・求心力を強める材料として使ってきた。目的のためには他者を
犠牲にすることを平気でやる。
1970年代から80年代の「日中友好」の時代には、中国共産党は
日本に目いっぱい媚びを売り、すり寄って来た。その理由はソビエトと
決定的に関係悪化していたため、日本を笠に着たのだ。「虎の威を借る狐」。
そんな事情など知らない日本人は、パンダに浮かれていた。
林思雲によれば、それ以前にも中国共産党は政権維持のため、アメリカ、
ソビエトを順に悪者に仕立て上げてきた。これだけ言えばわかるだろう。
最近、習近平が日本にすり寄って来ている。長い目で見れば、日本は利用
された末に裏切られるだけである。中国はその場主義・ご都合主義だと
いうことを、日本人はいい加減で悟れ。
習近平来日、絶対反! チベット旗・ウイグル旗・香港旗で徹底歓迎! おっアメリカやるな。と思っても中国がアメリカとの経済摩擦で折れたらこれ引っ込めるぞ >>5
- 2019年10月04日 _ 「第200回臨時国会における安倍内閣総理大臣所信表明演説」より
https://blogos.com/article/408580/?p=2
「日中新時代を切り拓きます。
来年の桜の咲く頃に、習近平国家主席を国賓としてお迎えし、
首脳間の往来だけでなく、経済交流、青少年交流など、あらゆるレベルでの交流を拡大し、
日中関係を新たな段階へ押し上げてまいります」
- 茂木外務大臣と、中国の王毅外相が、仲良く一緒にニッコリと記念撮影。
(先々週の日中外相会談にて)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000521209.jpg 高官への説明用動画がハカーで流出?ドローン盗撮じゃなかったのコレ 中国のやりたい放題止めれるの実質アメリカだけだしな >>10
おい中国共産党の中国人
大塩佳織の件は探偵で調べて台湾人の幼女だったんだが、おまえいつまで馬鹿と嘘いう気だ >>16
朝日新聞は、自民党政権 → >>13 とは真っ向から対立する側だから、
当然、「中国 = いついかなる場合においても常に一貫して‘悪’」というスタンスを貫いていて、
ウイグル問題ついても執拗に報道し続けて中国叩きの‘ダシ’にしているが。
-
- [朝日新聞] _ ニュースサイト内の「ウイグル族」のタグページ
https://www.asahi.com/topics/word/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%AB%E6%97%8F.html
新疆ウイグル自治区を『収容所群島』に変えた能吏 (2019/6/19)
変わり果てた街、息ひそめ / 新疆ウイグル自治区 ウルムチ騒乱10年 (2019/7/4)
「中国一安全な街」で息潜めるウイグル族 / 進む漢化に… (2019/7/4)
異国のウイグル族、家族と話したい / ウルムチ騒乱10年 (2019/7/5)
「なぜ国家の秘密話した」騒乱が変えたウイグル族の日常 (2019/7/7)
(世界発2019)新疆ウイグル、もう一つの民族弾圧 / 中国当局、カザフ族も拘束 (2019/7/25)
「放電警棒で殴られ、反省文」 中国、もう一つの民族弾圧 (2019/7/27)
(地球24時)再教育施設は「テロ撲滅に有効」と主張 (2019/8/17) いくら喚いても、どうせ何もやらんだろ。世界中が中共に稼がせた時点でもうこの件は詰んでるよ。真に責任をとるべきは新自由主義者、利己的な其奴らが居なくならないと何も改善しない。 >>26
そらレーガンの経済政策で冷戦終わったと信じてる馬鹿ばっかだからな、ネオコンは
最近ようやく間違いに気づけたみたいだけど >>27
自民党政権 → >>13 は、おまえのような頑固一徹のマスコミ盲信主義者と戦っているんだよ。 あれだけナチスナチスいってるのに
シナチスを放置してる時点でただの偽善者 何でウリ達専用の交換臓器にアメリカが文句付けてるニカ? >>4
おまえの妄想とかどうでもいいから
まずはソース出してみろや?w こんなの国じゃねえ
マフィアだ
ISILより正当性無い これ、その家族や永住権持ってる中国人も
ビザ停止なんだってな これがシナ人本性なんだよな
経済発展してもこういうことをやめない残虐性は
変わることはないんだろうよ トランプ本気やな
中共とアメリカ民主党必死の弾劾工作もムダだったな
トランプ再選は間違いない アメリカとしてはロシアは軍産のために悪役扱い、中共は市場規模をあてに投資というのが
ここまでの展開 ウイグル地区で実権握ってるのってキンペー政権なのか?
このあたりって上海派閥じゃない? チベットもウイグルももう国民が3分の一しか残ってない
同化政策も強要してるからマジで消滅しちゃうんじゃないの ナチス真っ青の虐殺が行われているのに、どうして皆無関心なのか
次は日本の番かもしれないのに
絶望しかないわ 臓器狩り工場だもんな
子供から大人までマッチした臓器を生きたまま取り出すし 香港はウイグルと連動しろ
二度とないチャンスだぞ庭 >>34
いや、だから、SEALDsは左翼なんだから、
当然、朝日新聞 → >>22 と同じように、
「中国 = いついかなる場合においても常に一貫して‘悪’」というスタンスに立ってるに決まってるじゃないか。
-
- [朝日新聞] _ ・香港がんばれ! SEALDs元メンバーら 東京でデモ _ 2019年6月13日
https://www.asahi.com/articles/ASM6F4S0NM6FUHBI01V.html
- 来日した香港民主化運動指導部・周庭を東京案内し、一緒に仲良く記念撮影したSEALDsのメンバーたち。
(SEALDs公式ツイッターより)
https://2tyannel.dmm-power.mixh.jp/wp-content/uploads/postimages/2019/06/rBzh3Af.jpg イージスシステム反対とか言ってるの売国疑似日本人、
憲法改正、自国は自国で守る国防が第一優先です、 ★香港に気を取られてウイグルを忘れてはいけない。
明治大学水谷尚子氏がNews Weekでウイグルの実態を暴露していた。
文化抹殺のために著名知識人を死刑に追い込む。中国に反抗的でないウイグル人にも
「両面人」(二面性を持つ人)のレッテルを貼って、死刑にしていく。
60年前にチベットで行われたことと同じだ。
文化抹殺にとどまらず民族消滅まで狙っている。
ウイグル人は理不尽に屈服するしかない。チベット人がたどった道と同じだ。
自らの生存のためには手段を択ばない中国共産党のおぞましさ、徹底した自分勝手は、
良識ある一般人には想像もつかない。
日本人は目を覚ませ。中国に警戒を怠ってはならない。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191001-00010006-newsweek-int アメリカ様がやらんと他の雑魚国じゃどうにもならんのですよ チベットやウイグルに傍観してる偽善者にナチスを責める権利はない 闘争するなら小出しにせず短期に一気にやるべきなんだが 中国は丸坊主の彼らの生きた内臓で
世界一の移植技術大国になりました 移植の量も
移植の技術も
いまや中国が世界一なんです
なぜか
材料がふんだんにあったから >>1
「コンゴに学ぶこれからの日本」(ねず
>ヨーロッパ諸国が介入し、1996以降のわずか19年で600万人が亡くなったコンゴ
コンゴは、15世紀の終わり頃までコンゴ王国として近隣諸国とさかんな交易も行われる平和でたいへんに栄えた国だった
それがなぜ、いまだに内乱の中にあるのか。実はそこに植民地支配の恐ろしさがある
>コンゴ国内にポルトガルの奴隷商人たちが、大量に入り込み出した
コンゴは、もともと貿易立国していた商業国で欧州経済をいち早く受け入れることができるだけの土壌も育っていた
けれど、コンゴ人がコンゴで行う商売と、外国人がコンゴで行う商売は、その本質がまるで異なった
>コンゴは歴史ある王国で、自然の愛国心や、愛郷心が育まれており、一定の規律は守られていた
ところが、外国人であるポルトガル商人たちには、そうしたコンゴへの愛国心も愛郷心もない
あるのは、欲得だけ
そして彼らは、あらゆる方法を使って自分たちの行いを正当化し、多大な影響力を持つようになっていた
>ついにコンゴは、アフリカにおける最大の奴隷貿易の中心地に
コンゴの民衆も怒りました。
当然だろうと思います
ある日突然、家族が、子供達が白人達に追いかけ回されて網ですくわれ、
拉致され、奴隷、つまりモノとして勝手に売買されてしまうのです 結局日本に対する韓国のストーカーと
アメリカに対する中国のストーカーは同じなんだよな。
メディアはちゃんと伝えろ。 >それでもコンゴ人達は、敬愛する国王を信じ、事態が必ず解決し、いつか拉致された人々も国に戻れる日が来ると信じた。
そして、そんな日が来ないまま、コンゴ国王が永眠してしまった(毒殺されたという話もある)
>国王が亡くなると、コンゴの民衆は、ついに暴発。
民衆は反乱し、暴動が相次いだ
>ところがその頃のコンゴには、もはや民衆の暴動を鎮圧できるだけの力は残っていなかった
博愛主義を説くキリスト教によって、コンゴ国王の武力は否定され、コンゴ国軍は、ほとんど解体状態となっていた
しかも適齢期の若者達は、男女を問わず奴隷狩りにあって、その多くが連れ去られている
>圧倒的な軍事力を持ったポルトガルの従属国となった
属国となっても、コンゴ王国は、細々と存続し続けた
けれどそれは国として存続したというよりも、国王を名乗る家がコンゴ地方内に存続していた、というだけの情況というべきもの
国は荒れました。
ほとんど無政府状態で、武装した奴隷商人達がほしいままに闊歩し、贅沢な暮らしを満喫し、
コンゴの民衆はひたすらそれにおびえながら、極貧生活を余儀なくされる状態となった
>こうして300年が経ち、この情況に変化が起きたのは、1885年
ベルリン会議の決定によって、ベルギーが、コンゴの新たな支配者となった
ベルギー国王のレオポルド2世は、コンゴを「コンゴ独立国」とし
自身でコンゴの元首となり、コンゴを自由貿易の国としたが、土地も人も一切合切、レオポルド2世の私有物
ベルギー領となったコンゴの政府は、ベルギーのブリュッセルに置かれコンゴにはない
>実際には私有地、私有財産にすぎないのに、カタチだけは独立国
>ですから【英国人達は、これを揶揄して、コンゴのことを「Congo Free State(コンゴ自由国)」と冷笑した】
>いまでも当時のコンゴのことを「コンゴ自由国」と呼ぶ学者がいますが、酷いことです >ゴムの需要が高まり、ベルギー人達は、コンゴ人達を使って、徹底的にゴムの採取を行った。
ところが、そうした生産高を上げるために、現地で何が行われていたのか。そのために何が行われたか。
>ゴムの採取を強制するために、黒人たちから女子供を人質にとり、
>仕事を効率よく進めるための鞭打ちでコンゴ人労働者を死に至らしめ
>さらにノルマを達成できないと、その人質にとった女子供らの右手を、見せしめとして切断するという罰を与えたのです。
>ここまでくると、コンゴ人達も黙っていません。
中には集団で徒党を組んで反乱を組織するコンゴ人も出てきます。
こうした反乱ゲリラを鎮圧するために、白人達が何をしたかというと、
周辺に住む未開の部族達を徴用し、公安軍を組織したのです
この「少数民族を利用して現地の人々を統治する」という手法は、植民地支配では、ごく一般的に行われてきた統治手法です。
>蛮族たちが任務を果たしている証拠として、
懲罰のために切り落とした手首の数によって昇級や賞与の額が決められるようになりました。
すると村人たちは、この取立から逃れるために、他の村人たちを大量殺人して、手首を集めてくるようになりました。
こうして手首は、それ自体が価値を帯びるようになり、一種の通貨にさえなったといいます。 >コンゴが、ベルギー領コンゴとなったのは1885年のことです。
そしてコンゴが、ようやく独立を果たしたのは、昭和35(1960)年のことです
その間、わずか75年の間に、コンゴで虐殺された人の数は、1000万〜1600万人であったといわれています。
コンゴが独立したときの人口が1400万人であったことを考えると、これは恐ろしい数です
しかし、せっかくのコンゴの独立も、独立からわずか1週間で、内乱とベルギー軍の介入によって崩壊してしまう。
こうして始まったのが「コンゴ動乱」です。
>「コンゴ動乱」は、国連が支持し、民主化を促進しようとするムルンバ大統領派と
ソ連やキューバに後押しされたコンゴ国軍が対立するという構図となりました
さらに国内を二分しての民族紛争がこれに重なり、コンゴはこの後約5年間、動乱に継ぐ動乱の時代となったのです。
そしていまもなお、コンゴは戦場の中にあります 法輪功はどうした。
もう絶滅させられたか?
最近話題に出ないな。 連行してどうするんだろう中国は
洗脳してウイグル人に中国擁護でもさせるのか 安倍政権は金ペーを国賓で迎えるようだが
欧米怒るだろうな 『中南米での大虐殺』 (正統史観
コロンブスのアメリカ大陸発見以降、
中南米では白人により数千万人といわれる大虐殺が行なわれた
・エスパニョーラ島(現在のハイチ・ドミニカ)300万人のほぼ全員を虐殺。
・現在のプエルトリコとジャマイカで100万人
・キューバ80万人
・ニカラグア50〜60万人
・メキシコ400万人
・ホンジュラス200万人
・グァテラマ400〜500万人
・ベネズエラ4〜5万人
・ペルー400万人の原住民を死滅させた。
・少し遅れてブラジルに入植した白人(ポルトガル人)は原住民200万人を虐殺してほぼ死滅させた。
インディオたちが受けた被害は人的犠牲だけではない。
大量の金、銀など宝物がヨーロッパに持ち去られた。
白人の新大陸征服の目的の一つが黄金の獲得だったからである。
1660年までにヨーロッパへ持ち去られた金はわかっているだけで181トンである。
インディオたちが長い間かかって勤労して営々と貯めた宝物を、
白人は何の努力もせず、所有者を殺害し、奪っていったのである。
また、インディオたちをプランテーションで強制労働させて砂糖の収奪も行なった。
砂糖はヨーロッパにとって中世以来の貴重品だった。
砂糖は食品だけでなく医薬品でもあり保存料でもあった。
砂糖のために新大陸の海岸地帯は、サトウキビ一色のプランテーションに置き換えられ、インディオに強制労働を強いた。
さらにヨーロッパ人が味を占めたコーヒー、ココア、茶もプランテーションとして農地を拡大させた。
これらの嗜好品は寒いヨーロッパではまったく産出しないものだった。
白人の贅沢を支えるために、「新大陸」の先住民たちの生活は破壊され、残虐な労働を強いられたのである。 >>1
『米比戦争とフィリピン人虐殺』
アメリカ・フィリピン戦争
1898年に米西戦争が始まったとき、
アメリカはフィリピン人の独立革命家のアギナルドやリカルテに対し、
スペイン撃退後のフィリピン独立を約束し、その協力を取り付けた
アギナルドらは独立を助けてくれるものと信じてアメリカ軍に大いに協力した。
ところがアメリカは地元の革命軍の協力でスペインに勝つと、
フィリピン独立の約束を反故にし、フィリピン併合を宣言した。
騙されたと知った革命家は、日本に援助を求めながら、
アメリカに抵抗し戦争となったが、結局はアメリカに鎮圧された。
この戦争でアメリカはフィリピン侵略のために残虐の限りを尽くし、
反抗するフィリピン人60万人を虐殺した。
フィリピンの独立戦争を押さえつけ、
初代軍政長官に就任したのが陸軍少将のアーサー・マッカーサーで、
その副官が息子のダグラス・マッカーサーだった。
フィリピンが独立を宣言できるのは大東亜戦争中の1943年のことである。 『オランダの330年にわたるインドネシア植民地支配』
オランダは、アフリカ及びインド洋の沿岸地域にあったポルトガルの貿易拠点を次々に奪い取り、
17世紀中頃には、現在のインドネシアを中心とした地域に、確固とした拠点を築いた。
これ以降、330年間もの長期にわたって、オランダのインドネシア植民地支配が続くのである。
その統治方法は、
1.原住民を文盲のままに放置し、土侯を使って間接統治。
2.キリスト教に改宗した者は、優遇して警察官や軍人に登用。
3.オランダとインドネシアの混血児童を中間階級として使用し、民族の分断を図る。
4.社会の流通経済は華僑にやらせ、経済詐取によるインドネシア人の憤慨と憎悪を華僑に集中させる。
5.一切の集会や団体行動を禁止する。
6.全国各地で用いられていた320の部族語をそのままにして、一つの標準語にまとめる企てを禁止する。
以上の方法でインドネシア人から民族意識を奪っていったのである。
またオランダは、コーヒー、砂糖きび、藍、茶、肉桂などの
「強制栽培制度」を導入した。
しかもオランダは直接手を下さず、諸侯を使って分割統治し、
その上前をはねるという、巧妙な政策をとった
人民詐取や悪政の恨みを華僑や諸侯に向けさせた オーストラリアにキャプテンクック(1728〜79)が到来したのは、1770年であった。
当時この大陸には【原住民としてアボリジニーが約30万人も平和に暮らしていた。
彼らは4万年も前に東南アジアからこの大陸に移住してきた者】である。
クックは上陸するや原住民を無視して一方的に英領を宣言した。
まず、おれのものと、ツバをつける白人のやり方である。
英国は1788年、11隻の船隊に流刑囚1473名を乗せて、シドニーに近いボタニー湾に現れた。
男囚778名、女囚192名、その他という構成だ。
本国の犯罪人を植民地に流刑したのはイギリスだけでなく、
ロシアのシベリア流刑は有名で、フランスもパリ・コミューンの政治犯を多数、ニューカレドニアへ送っている。
受け入れ側の先住民にとって、男女囚の比率が四対一のアンバランスなことは大変迷惑であった。
最初に被害を被ったのはアボリジニーの女性である。
男囚の性欲を満たすための現地調達が行われたからだ。
オーストラリアは流刑植民地で、続いてきた一般植民者も本国に容れられない落ちこぼれ、ならず者、無法者が多かった。
これら白人によって現地のアボリジニー虐殺が始まった。
動物狩りの対象としてアボリジニー狩りを楽しんだのである。
かくして【最初の船隊が来てから約100年後の1901年には、
先住民は6万7千人に激減】してしまった。
オーストラリアの南端にあるタスマニア島のアボリジニーは、もっとひどく、全滅させられてしまった。
タスマニア島は四国と九州を合わせたくらいの広さで、緑に恵まれた島である。
住民はオーストラリアから移り住んだアボリジニーで、平和に暮らしていた。
後からやってきた白人植民者に先住民は邪魔とばかり、見つけしだいに射殺された。
【当初3万7000人いたアボリジニーは、1847年にはたった44人】になった。 >>64
- 【韓国BBS】 日本は韓国に片思いをしている「ストーカーのよう」
https://news.livedoor.com/article/detail/7692423/
「韓国のネットユーザーからは、
『日本は韓国にストーカーをしながら無視していると言う』、
『無関心と言いながら、コメントする日本人』、
『ネット右翼が最も韓国に片思いしているんじゃないですか』
と日本のネットユーザーの矛盾を指摘するコメントが見られた」
- 【ホル速報】ついにGoogleに続きTwitter検索でも「ノーベル賞」と打っただけで関連ワードに特定の国が…
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1570630261/ ◆アメリカによる侵略戦争の常套手段
アメリカが1776年7月4日に独立を宣言してから今日まで、
わずか230年足らずの間に、世界に突出した超覇権国に躍り出られたのは、
原住民や他民族への侵略に次ぐ侵略の歴史があったからである。
星条旗の星の数が当初の13からあっという間に50に増えたことでも明らかだ。
米の侵略史の第一ページは先住民の殺戮・征服である。
アメリカ・インディアンはアメリカ大陸に一万年以上の歴史を持つ
東洋出身モンゴロイド系の先住民族で、
当時約200万人から500万人と推定されたが、
新来のアングロサクソン移民によって森の木を伐るごとく、殺戮されてしまった。
1890年(明治23年)には、先住民の人口は20万人にまで減少した。
この残虐な行為をアメリカ史では、アメリカ人の勇敢な開拓者精神、パイオニア精神の発揮と誇っている。
この西部侵略が東から西へと向かい太平洋岸に達した時、
今度はその矛先を太平洋に向け、ハワイ、グァム、フィリピンと進み、ついに日本列島に達したのが大東亜戦争であった。
したがって、この戦争もアメリカの一貫した西部へ西部への侵略戦争の延長とみることができる。
アメリカはわずか半世紀の間に、先住民を亡ぼし、大陸の覇権を確立していった。
今度は侵略の矛先を西から南に転じ、メキシコと戦端を開くにあたって、
有名な「アラモの砦を忘れるな」の合言葉を以って戦意高揚を図った。
これは後の「真珠湾を忘れるな」に通ずる、
アメリカ侵略戦争開始の常套手段となっていった。 1836年、アメリカは当時まだメキシコ領だったテキサスのサンアントニオに、
独立運動の象徴アラモの砦を築かせた。
これはメキシコ軍が襲ってくるのを見越した上のことだったが、
案の定、籠城した200人の人々は
たちまちメキシコ軍の攻撃を受けて全滅してしまった。
アメリカはこの事件を「リメンバー・アラモの砦」という合言葉で、
国民の戦意を鼓舞し、戦争を正当化して侵略戦争を起した。
この米墨(墨はメキシコ)戦争の勝利で、
米国はニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア州など
当時のメキシコ領の半分にあたる広大な領土を併合し、国旗の星の数を一挙にふやした。
メキシコ戦に味をしめた米国は、1898年(明治31年)、同じ手口でスペインと戦端を開くことになった。
今度は「メーン号を忘れるな」であった。
【ハバナを表敬訪問中の米戦艦「メーン」を自ら爆沈させ、2060人の乗組員を犠牲にし】、
これを【敵がやったことにして「メーン号を忘れるな」を合言葉】に
国民を戦争に駆り立て、有無を言わさず、スペインに宣戦布告した。
この米西戦争は、キューバの独立戦争を支援する名目で始めながら、
実質的にキューバを保護領化してしまい、合わせてスペイン領のプエルトリコをも領有するものだった。
これによりアメリカは、中南米諸国に対する軍事的、経済的支配を
強化するための前進基地を獲得することが出来た。
アメリカの侵略、戦端の動機は、当初から一貫した手口を使ってきている。
そのことは「アラモ砦」でも見たとおりだが、歴史に正当性を残したいため、
そうした子どもじみた騙しの技巧をこらすのである。
“真珠湾を忘れるな”も、ルーズベルトが「騙し討ち」と喚き開戦の動機にしたことは、今や世界の常識となっている。
このことについて、大統領の長女の娘婿である、カーチス・B・ドール氏が
語る真実のルーズベルトの言葉
「私は決して宣戦はしない、私は戦争を造るのだ」が、すべてを物語っている。 >>41
オバマとバイデンは中共のお友達。
民主党は歴史的に反日親中。 国連の胡散臭さがよく分かるね。
あいつら日米に金タカるだけで、レッドチーム中露韓の味方だからね。 >>1
『アメリカに連れてこられた奴隷達の運命』
現代文明社会では、人喰いとか人狩り、
人身売買は野蛮人のすることと教えられてきた。
ところが文明人といわれる白人が、
この500年間に行ったアフリカ黒人の奴隷狩り、奴隷貿易、奴隷売買、人家畜の行為は
【国を挙げて計画的、組織的に行われたことで、
人類史上からみて最も忌まわしい世紀の犯罪】と断言しうる。
奴隷船から陸揚げされた奴隷たちは、奴隷商人に売り渡され、
奴隷市場で家畜のように売りに出される。
奴隷商人は、奴隷を鎖で数珠繋ぎにして町に乗り込み、
目抜き通りで彼の「商品」のよさを宣伝して競売を行なう。
価格は召使い用、農園労働者用など用途によって異なる。
奴隷たちは衆人環視のもとで競売台に立たされ、
馬を調べるように唇やまぶたをめくられ、時には裸にされて品定めをされ、
有無を言わさず親子兄弟をバラバラにして売られていった。
アフリカ人はどんな思いで耐えていたのだろう。
当時のアメリカ人にとって、奴隷の競売は財産作りの重要な手段であった。
後の南北戦争のときの南軍の将軍たちの中には、
奴隷商売で巨利を博した将軍が多かった。
人身売買は、確かに人間の歴史とともに古くからある。
しかし近代に入って、これほど大掛かりに組織的に、
200年にわたって人間の売り買いを行ってきた国は、世界広しといえどもアメリカだけである。 >>82
いい加減に、
この5ちゃんねるニュース板が、ありとあらゆるニュースについて無知な世紀のトンデモ情報弱者ばかりの巣窟として日本の中で孤立してるんだって事くらい気付けって。
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- 国連、中国政府がウイグル人100万人拘束と批判 _ 2018年09月11日
https://www.bbc.com/japanese/video-45480237
- 中国のウイグル収容施設に批判集中 / 国連人権理事会 _ 2018年11月7日
https://jp.wsj.com/articles/SB11133722394047733426904584578721245911660 『アメリカの領土拡張と、インディアン抹殺計画』
インディアンは紀元前4万年から2万5000年頃、
アジアから当時は陸続きだったベーリング海峡を通ってやってきた人達で、人種的には日本人と同じモンゴロイドである。
彼らは先祖の残してくれた自由の大地で、
大自然に抱かれて伝統を守り、天真爛漫に楽しく平和に暮らしていた。
そこへ突如、白人植民者が侵入し、インディアンの運命は一変するのである。
当時、北米大陸に侵略してきた白人は
イギリス、フランス、スペイン人だった。
だが、イギリス人(後のアメリカ人)と
出会ったインディアンの運命が一番悲惨だった。
なぜか。というのもフランス人はもっぱら毛皮にのみ関心があり、
スペイン人は貴金属に関心があった。
そのため彼らにとって、先住民の抹殺は得策ではなかった。
ところがイギリス人の関心は、もっぱら土地だった。土地とは言い換えれば領土である。
イギリスで食い詰めた移民たちは、新大陸で広大な土地を入手できるという
会社の宣伝を信じて、はるばる大西洋を渡って来たのだ。ここにたちまち先住民との土地争奪戦が始まる。 インディアンには、もともと土地私有の観念はなかった。
土地の権利、売却、譲渡、などの意味すら知らない。
それをよいことに、イギリス人は無理矢理契約書に署名させ、
合法的と称して騙し、脅して、次々にインディアンの土地を収奪していった。
合衆国は建国以来、土地所有をめぐってインディアンと白人との間に
結ばれた条約・協定は300を超えたが、そのほとんどすべてが、日ならずして反故にされた。
【アメリカ人に都合のいいときは合法性の証文に使われ、都合が悪くなれば即座に破り捨てられた】のである。
メイフラワー号の移民をはじめ、
【当初の白人植民者の飢えと苦難を救ってくれたのは、友好的インディアンたち】であった。
【トウモロコシやタバコ栽培を教えてくれたのはインディアンではなかったか。
白人はその恩を、たちまち仇で返した】のである。
1830年、ジャクソン大統領は、野蛮人の一掃のためと称して強制移住法を制定し、
すべてのインディアンをミシシッピー川以西に立ち退かせた。
ところが探検や調査が進むにつれて、ミシシッピー川以西も、以東に勝るとも劣らぬ資源の宝庫であることが判明した。
かくて白人の幌馬車隊は、ミシシッピー川を越えて西へ西へと殺到した。
【インディアンは白人の度重なる約束違反】に激高した。
その上、【インディアンの命綱のバッファローを、白人は面白半分に撃ち殺した】
かくして西部を舞台に、凄惨なインディアン戦争がいたる所で繰り広げられることになった。 映画の西部劇は、
この戦争を白人に都合よく正義の戦いとデッチ上げて描いたものである。
「フロンティア」「開拓」の美名のもとに、
西へ西へと進められたアメリカ領土の拡大は、力で先住民の土地を奪うことだった。
インディアンの武力抵抗は、1876年にカスター中佐指揮下の第七騎兵隊の
一個大隊を殲滅したリトル・ビッグ・ホーンの戦いで絶頂を迎える。
しかし結局、圧倒的に優勢な合衆国軍の前に敗退を余儀なくされて、
【1890年のウンデッド・ニーのスー族約300人の虐殺事件】をもって幕を閉じた。
残った彼らは自由の天地を奪われ、狭い保留地(リザベーション)に閉じ込められた。
大東亜戦争中、アメリカが日系移民のみを
強制収容所に閉じこめたのと同じ不法な手口であった。
コロンブスが到達した頃、【北米の先住民の人口は200万人から500万人】で、
十七世紀以降、植民地建設が進むにつれて、
とくに【合衆国での殺戮と、白人がもたらした伝染病などによって、その数は急激に減少し、
1890年頃にはわずか35万人】にまで減ってしまった。 『人道無視、国家ぐるみの大犯罪』
十六世紀から十八世紀にわたる奴隷貿易は、
欧州、アフリカ、新大陸の三大陸にまたがる三角貿易によって、欧州に莫大な利益をもたらしたのである。
参加した国は、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、フランスの五ヶ国である。
奴隷商人たちは、ヨーロッパから安物のビー玉、火器(銃器)、
木綿の工業製品をもってアフリカ・ギニア湾岸にいたり、黒人奴隷と交換し、
奴隷を南米ブラジルや西インド諸島で売り飛ばした。
次にその金で土地の砂糖、綿花、タバコ、コーヒーなどの亜熱帯農産物をしこたま積んで、ヨーロッパに帰ってくるのである。
この貿易は一貿易で三重の利益が得られる。
中でも最も巨利を博したのはイギリス、フランスであった。
奴隷貿易で最盛期を迎えるのは、十八世紀である。
推計では十六世紀は九十万人、十七世紀は三百万人、十八世紀は七百万人、
十九世紀は約四百万人が奴隷として売買されたといわれている。
概算1500万人である。 一人の黒人を新大陸に連れて行くまでに、
五人の黒人が中途で死んだという恐るべき推計があるから、
アフリカから働き盛りの黒人が数千万から一億人近く連れ出されたことになる。
黒人奴隷を一番多く移入したのはカリブ諸島で約40パーセントを占め、
次に砂糖のプランテーション労働などのためブラジルへ38パーセントが運ばれた。
残りはアメリカ南部のプランテーションである。
アフリカは大きな大陸でありながら、現在世界一過疎の大陸になったのは、
働き盛りの男子を大量に新大陸に奪い去られたからである。
その後、十九世紀にいたるヨーロッパ列強のアフリカ分割植民地支配を受けて、
【現在のアフリカの貧困、民族紛争も、すべて白人の勝手な収奪、不合理な民族分割の結果である】
特に【人身売買、奴隷貿易などの人類史上の大犯罪は、イギリス、フランスなどの国家自らが組織的に犯した】のである。
なお十六、七世紀に新大陸から大量の金銀がヨーロッパに奪い去られていった。
その過酷な鉱山労働に、インディアンと黒人奴隷が酷使された。
ヨーロッパにもたらされた金銀は、やがて産業革命からヨーロッパ資本主義の原資となった。
またこの金でヨーロッパ商人はアジアから香辛料、茶、ゴムなどを大量に買い入れて儲けた。
これもアメリカ、ヨーロッパ、アジア大陸にまたがる三角貿易として、
ヨーロッパに巨万の富をもたらしたのである。
非白人の汗と血と苦痛の収奪、犠牲で支えられたことを忘れてはならない。 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』
カリブ海のたくさんの島々の破壊の実態を正確に記述。
特にコロンブスが名づけたエスパニョーラ島(現ハイチ、ドミニカ共和国)については、くわしく述べている。
この島には300万人のインディアスが住んでいたが、
コロンブスが来てから50年後の1542年には、
この美しかった島に生き残ったのは、ただの200人だったと報告している。
スペイン人はまず、先住民に必ず、金を要求する。
初めはその要求に応じていても、ヤクザの脅しと同じで、
要求は次から次へと釣り上げられ、ついには暴力を振るうようになる。
先住民たちの堪忍袋の緒が切れて反乱を起こすと、
彼らは馬にまたがり、剣や槍を持って無差別にインディアスを殺しまくる。
スペイン人は手に入れたインディアスを、男なら金採掘に、女なら畠仕事に活用した。
この奴隷たちには雑草のような食物しか与えなかったので、過酷な労働と飢餓でばたばたと倒れていった。
荷物の運搬には、すべて奴隷を牛馬のように使った。
重い荷物を背負わされ100キロ、1000キロの道を歩かされた。
インディアスの背中や肩は、重い荷物ですりむけ、まるで瀕死の獣のようだったが、
スペイン人は鞭や棒や平手や拳固で、容赦なく彼らを痛めつけたのである。
わが国でこの報告の翻訳が出たのは、1976年(昭和51年)になってからである。
捏造・印象操作にのみ励む西洋史学界が、いかに【ヨーロッパ人の歴史の暗黒面をあばくことに怯えていたか】が分かる 『神の名の下に、何をしても許されるという論理』
スペインによる、インディアスに対する制圧は、身の毛もよだつ残虐行為を伴った。
それは5世紀が経った今日でも、それがいかに恐るべきものであったかをためらわずに語ることはできない。
次にドミニコ教会司祭がもたらした、カリブ海でのスペイン人の野蛮行為についての二つの目撃談を示す。
「数人のキリスト教徒が乳飲み児を抱いた1人の
インディアスの女と出合った。
彼らは連れていた犬が腹を空かせていたので、母親の手から子供を奪い、
生きたまま犬に投げ与え、犬は母親の目の前でそれをがつがつ食い始めた。
・・・出産して間もない女たちが捕虜の中にいたとき、
もし赤ん坊が泣き出すと、
スペイン人たちは子どもの足をつかんで岩に投げつけたり、
密林の中に投げ込んだりして、赤ん坊が確実に死ぬようにした」
次の話は、鉱山でのスペイン人とインディアス労働者との関係を描いている。
「現場監督の誰もが、
その配下にあるインディアスの女と寝るのを習慣にしていた。
気にいれば、女が既婚であろうと未婚であろうと。
監督はインディアスの女と小屋に留まる一方、その女の夫は山から黄金を掘る仕事に送り出された。
夕方送り出された男が戻ってくると、持ち帰った黄金の量が少ないといって、
打ちすえられたり、むちを当てられ、そればかりか手足をくくられてベッドのそばに犬のように投げ倒され、
そのすぐ上で監督が彼の妻と横になっていることがよくあった」
このようにインディアスたちは非人間的な状況の下で生き、そして死んでいった。
【1540年までにカリブ海のインディアスは事実上、絶滅させられた】 ●白人の世界侵略史
16世紀...スペインとポルトガルによる中南米と東洋への侵略。
17世紀...オランダがポルトガルの後を追って東南アジアを支配。
18世紀...フランスが北米とアフリカに進出、奴隷制度が盛んに。
19世紀...イギリスが全世界を植民地化、搾取し産業革命の原資とする。
※世界に誇る大英博物館の展示物は、世界中の植民地から収奪した宝物が数多くあり、
その中には到底国外持ち出しが許されないような(日本で言えば3種の神器など)物も多くあると言われています。
この結果白人以外の国で植民地になるのを免れた有色人種の国は、
日本、タイ、トルコ、エチオピアのたった4ヶ国だけです。
他の国(種族)は良くても植民地として搾取され続け、
最悪侵略されて皆殺しに遭っています。それは1945年の終戦まで続きます。
白人の有色人種に対する侵略がいかに残酷であったか!
歴史が明確に証明しています。
そしてその白人の植民地化の野心に対して、ただ一国立ち向かったのが日本なのです。 法輪功は人体の不思議展、臓器移植にされた。
チベットは虐殺。
ウイグルは臓器移植と民族浄化。 >計画的飢餓「ホロドモール」
>600万人の飢餓を伝える当時の新聞
>ソビエト・ロシアにとって、ウクライナから収穫される小麦の輸出は貴重な外貨獲得手段
>飢餓が発生してもウクライナの小麦は徴発され、輸出に回され続けたため、それが更なる食糧不足を招くことになった
>なぜこれが「計画失敗」や「横暴」ではなく「計画的」と言われるのか。それは、実はこの地域を故意に飢餓に陥らせる動機があったと考えられているからだ。
"ユダヤ人によって引き起こされた人工飢饉という側面"
迫害されたウクライナ人
"1928年から1932年にかけ、ウクライナの農民が入れられたのは、コルホーズではなく巨大な監獄のようなものでした。
村にいながら軍隊に包囲され、飢えるままにされたのです。たとえ村から逃げ出せても都市に入ることはできませんでした。
都市も軍隊に包囲されていたのです。"ロシア帝政末期、迫害の対象とされたユダヤ人は、
やがてロシア革命を通じてソビエト政権の中枢の大部分を占めていました。
彼らにとってウクライナの人工飢饉は報復の意味合いがあったのではないかと言われています。
逆に、ホロドモールはウクライナ人やポーランド人の強い反ユダヤ感情を産み出すことになりました。
1941にポーランドのLvovで発生したポグロムでは実に60000人のユダヤ人が、ウクライナ人市民の手によって殺害されることになったのです。
ソ連政府が飢餓の事実を認める事はウクライナ農民に譲歩することを意味したが、
5ヵ年計画の成功を宣伝し、外交的承認を得ようとしていたソ連としては飢饉を認めるわけにはいかなかった。
>「最も野蛮で人道倫理観が欠如しているハクジン」の勝者(犯罪者)の権利という
>遅れた考えが蔓延る限り本来の意味の平和・自由は戻ってこない ネトウヨは沈黙してる安倍に何か言わないの?(´・ω・`) 「日本の歴史再発見 白人の潜在的特性」より
日本の歴史、特に近代史を理解するためには、日本と関わった国々のことを知る必要がある
中国、韓国、ロシア、ヨーロッパ、アメリカなどの歴史と
彼らの特徴が理解できれば、洗脳歴史の「嘘」が見抜けるようになる
つい70年ほど前まで世界を植民地化していた白人の特性について
●白人はなぜ侵略的なのか?
それは彼らの住んでいるヨーロッパの地理的特徴や天候と無関係ではありません。
大地は大昔、氷河により地表の土壌が削り取られて、岩石や砂利が地表を覆っています。
だから石の遺跡が数多く、石の加工のためにノーベルがダイナマイトを発明するのもこうした事情があったのです。
冬の長いヨーロッパでは、天候不順は致命的な飢饉を招き、
来年の種用にとっておいた穀物まで食用にしなければ飢え死にしてしまいます。
このような過酷な風土では、コツコツと農業で作物を収穫するよりも、
略奪によって食糧を奪う方が手っ取り早いということになります。
よって中世までのヨーロッパでは、普通の庶民でさえ略奪や防御のために自宅に武器を持ち、
少し荒っぽい連中は欲しいものを手に入れるために、船でヨーロッパ中を駆け巡って略奪をして回ったのです。
日本などでは泥棒や強盗は昔から悪い、というのは当たり前の感覚でしたが、
ヨーロッパの白人にとっては、略奪は勇ましく勇敢で頭が優秀な証拠でした。
今でもヨーロッパの人は、先祖が勇敢なバイキングだったことを誇らしげに語ります。
日本では戦前までは家に鍵をかけないのが普通でした。
当時の【白人社会は隙さえあれば略奪、強盗が当たり前】で、自分のものは鍵をかけて守らなければならなかったのです。 安部は役に立たないよ。
経団連の連中が親中なんだろう。
安部は動けない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています