京都市のアニメ製作会社「京都アニメーション」(京アニ)第1スタジオが放火され、36人が死亡した事件は、京都府警が全犠牲者(後に死亡した1人を除く)の実名を報道機関に発表するまで40日を要する異例の展開をたどった。表向きの理由は「遺族や会社側の意向を丁寧に聴き取り、葬儀の実施状況を考慮し、広報のタイミングを慎重に検討してきた結果」。内実はどうか。一連の取材から浮かび上がるのは、警察庁や政治家の意向に翻弄(ほんろう)された府警の姿だ。

京アニ事件の安否情報発表の経緯が判然としない中、ある人物の発言が物議を醸した。

8月29日、超党派の「マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟」(MANGA議連)の役員会が東京都内で開かれた。同議連は麻生太郎副総理が最高顧問を務め、議連会長の古屋圭司衆院議員(自民党)は、警察庁を管理する国家公安委員会の委員長を務めたことのある人物だ。

古屋衆院議員は報道陣に「菅義偉官房長官に『警察は遺族の了解を得ない限り、葬儀が終わるまで実名公表は控えてほしい』と要望していた」などと、首相官邸に働きかけていたことを明かした。警察庁からも「実名公表については一定期間ということで、十二分に配慮した」との趣旨の報告を受けたと語った。どう異例なのか。

違った京都府警の当初スタンス

京都府警は従来、殺人や交通死亡事故が起きると、記者クラブ加盟社に対し、犠牲者名を速やかに情報提供してきた。遺族が公表を拒んだ場合、加盟社への提供資料の紙に「ご遺族は匿名を希望されています」と書き添えてある。

京アニ事件では勤務中の社員が犠牲になった。大半が映画やテレビ作品のエンドロール(終幕)で氏名が紹介されていた人たち。京都府警内では当初から「犠牲者を匿名にする理由が見当たらない」「京アニ事件を例外扱いすれば、過去の事件対応と整合性が取れなくなる」との声が大勢を占めていた。府警は事件発生翌日の会見で、DNA鑑定などで遺体の身元特定を慎重に進めているとし、「しっかりと確認できれば発表したい」と理解を求めた。

早期発表に前向きな姿勢を見せていたのは、府警だけではない。記者会見を控えた事件発生の翌朝、警察庁刑事局から京都府警刑事部に一本の電話が入っている。「(犠牲者の氏名は)事案の重大性に照らすと、発表したほうがいい」。当初の警察に犠牲者の氏名発表を長引かせる意図がなかったのは明白だ。

風向きが変わったのは、会見3日後の7月22日。京アニが府警に対し、実名公表を控えるよう求める要請文を出した。「被害者の実名が発表され、報道機関により報道された場合、被害者やご遺族のプライバシーが侵害され、ご遺族が甚大な被害を受ける可能性がございます」と記されていた。

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「意向」で白紙になったスケジュール

京都府警は実名公表に反対する京アニ側に対して配慮を示しつつ、早期発表の方針を堅持していた。犠牲者の氏名を7月29日に発表する方針も決めた。報道陣に対応できる会議室を確保し、迎えた当日―。スケジュールは白紙となった。

「警察庁マター。自分たちの判断を超えている」
「警察庁も単なるパイプ役。国会議員の意向が影響している」
「当の国会議員が海外視察に出るなどして、根回しが完了しないようだ」

以後、京都府警幹部からはこうした発言が相次いだ。8月1日、発表延期の理由を尋ねる記者に対し、捜査1課長は「私は答えを持っていない」と話していた。府警が犠牲者10人に限っての氏名を報道機関に伝えたのは、この発言からわずか25時間後だった。

京都府警が事実上、発表スケジュールに関する決定権を持たされていなかったのは明らかだ。残る25人が公表されたのは、1回目の犠牲者発表からさらに25日後の8月27日。この際も、府警はお盆前に発表する方針を固めながら警察庁の了解を得られず、発表を先送りしている。

「匿名にするとさまざまな臆測が飛んだり、誤った事実が流れたりする。結果、被害者や遺族の名誉が傷つけられる懸念があった」。府警が犠牲者の実名を明らかにした理由は明快だった。一方、発表が遅れた理由については「関係方面との調整」などと、あいまいな説明に終始した。
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12/28(土) 10:00配信  京都新聞
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