冷戦時代、ソビエト連邦は世界の軍用地図を秘密裏に作成していた。それは、史上最も野心的な地図プロジェクトの一つであり、地球上のあらゆる場所の地図が大量につくられた。その数は百万枚を超えたとも言われる。

 さらに、詳細な地図記号もつくられ、それらが何を示しているかがひと目でわかる研修用ポスターも作成された。これらを見れば、ソ連軍が独自の地図を作成するため、驚くほど多彩な記号を使っていたことがわかる。例えば、同じ発電所や工場でも、その種類によって異なる記号が使用されている。

 ポスターの寸法は約60×90センチで、英国の地図愛好家、ジョン・デイビス氏が、ラトビアの首都リガにある地図専門店で発見した。デイビス氏は10年以上にわたり、ソ連の軍用地図を研究している。これらのポスターは、1990年代初めにソ連が崩壊した後、この地図店の店主が大量の軍用地図とともに入手したものだった。デイビス氏は、2017年に英カンタベリー・クライスト・チャーチ大学の地理学者アレクサンダー・ケント氏との共著で「Red Atlas」(邦題『レッド・アトラス 恐るべきソ連の世界地図』)を出版。ソ連の研修用ポスターはこの本の中に登場する。

 これらのポスターは、地図製作者の研修に使われていたのではないかと、ケント氏は推測している。「彼らはこうした記号を用いて世界の地図を描いていました。その際、共通の記号リストをつくったのではないでしょうか」。ポスターは、その記号リストの視覚的なガイドであり、実物イラストにそれを表す記号が重ねて描かれている。

 イラストはとても芸術的だ。水中にある岩の影、橋に使われている石の一つ一つまで確認できる(下のイラストはポスターの一部を拡大したもの)。軍事戦略的な価値のある情報も盛り込まれている。拡大した下記のイラストには数字が記されているが、下の橋は全長121メートル、幅6メートル、水面との距離5メートルで、最大15トンの積み荷を運ぶことができるという意味だ。細部まで見事に描かれたこの橋のイラストが、軍事攻撃に利用されていたかもしれないと想像すると、不気味に感じるとケント氏は述べている。

ケント氏とデイビス氏は、ソ連の地図プロジェクトには、軍事目的以外の意味もあったと考えている。ソ連が知り得た情報を詰め込んだ、デジタル化以前の時代におけるデータベースとしての意味合いだ。地図から読み取ることができるのは、ソ連が送電網、輸送網、製造拠点などのインフラにとりわけ関心を持っていたことで、これはポスターにも反映されている。工場や発電所の種類ごとに異なる記号が用意されているのだ。たとえば、風車は風力タービンと、電報局や電話交換局はラジオやテレビの放送局と区別されて描かれている。

 ソ連は全世界を描写できる記号リストをつくったが、多くの記号は実際の地図に使われていないようだと、ケント氏は述べている。「彼らの野望はあらゆる場所の地図を作成することでした。しかし実際のところ、外国については、入手できる情報が限られていたのです」

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/111400660/ph_thumb.jpg
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/111400660/08.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/111400660/