巨大な密室に閉じ込められ、姿も容貌(かたち)も見えない敵との戦いを強いられる……。感染者数が爆発するパンデミック船に残された3700人の乗船者にとって、豪華クルーズは一転、「魔の航海」へと形を変えてしまった。咳と怒号がこだまする「限界船内」の苦難。

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 日ごと日ごとに増えていく感染者。このペースなら、1週間後には数字はどこまでふくれ上がるのか。

〈昨日から隣の部屋で男の人が結構咳してますが。大丈夫なのか?〉

 とツイッターで呟いたのは、この船の乗客の一人である。

 新型コロナウイルスの猛威は留まるところを知らない。日本国内の感染者は2月16日現在、414人と、発生国・中国に次ぐ「感染大国」となっている。中でも大半を占めるのが、現在、横浜港に停泊中のダイヤモンド・プリンセスの乗船者。2月1日、この豪華客船に乗っていた香港の男性の感染がわかり、依頼、足止め状態。一部の米国人乗客乗員は、米政府のチャーター機で退避するものの、多くは14日間の船内待機を余儀なくされた。

「1週間が過ぎましたが、とにかくやることがないんですよ」

 と取材に語っていたのは、この船に夫婦で宿泊する、70代の男性である。

「基本的には、部屋の外に出るのは禁止されています。部屋でやることといっても、外を眺めるか、テレビを見ることくらいしかないのですが、外国のお客が多いため日本のチャンネルはNHKのBSくらい。1日1時間ほどはデッキに出られますが、マスク着用で、周りの人とは2メートル以上離れなければいけない。寒いので私は出ていません。室内の掃除はなく、ゴミだけは毎日取りにきてくれます。ランドリーサービスが使えるようになったのも9日からで、それまではバスルームで手洗いをしていました」

「衣」「住」は不自由なようだが、意外にも「食」は充実しているとかで、

「1日3食、食べきれないくらいの量を運んできてくれるんですよ。パンが3、4個も出てくることもあります。昼と夜は3種類のメニューから選ぶことが出来ますしね」

 もっとも、

「贅沢なことを言えば、シチューやグラタンなど洋食ばかりなので、そろそろおにぎりと味噌汁が恋しくなってきましたが……」

 実はこの男性、現在は一線から退いているが、現役時代は、公的に極めて高い地位にあった。それだけにまだ余裕があるが、もちろんすべての乗客がそうというワケではない。

 10日には、乗客の有志30人が集まり、厚労省に、支援体制の整備を求める「要望書」を提出した。

 そこには、

〈日を追って船内環境が悪化しています〉

 として、

〈シーツ交換、室内清掃がほぼ1週間近くなされていません〉

〈医療的支援は届いていないか、全く不十分な状況におります〉

〈乗客に対する情報提供は極めて不十分で、不安が急速に高まっています〉

〈重症者の放置、要望のたらい回し、責任ある対応の放棄の事例が多出しています〉

〈対応が後手後手です〉

 等々、クルーへの“怒号”が聞こえてくるような文言が並ぶ。

 前出・ツイッターの乗客も、密室の苦悩をこう伝える。

〈3日ぶりに外に出れました。皆さん嬉しそうにされてました。手を大きく回したりすこし走ってみたり〉

心身共の疲労が…

 クルーズを主催する運航会社は、このクルーズの全代金に加え、行き帰りの交通費や寄港地での観光ツアー代金まで払い戻しすることを公表。少なく見積もっても10億円を超えると見られている。

「船会社の対応は適切だと思っていますけどね」

 と言うのは、前出の70代の男性乗客である。

「それでも混乱はある。例えば、薬の問題。持病のある人は服用薬を申告してください、とアナウンスしていたのに、頼んで5日経っても届きません。船には届いているのですが、それぞれの乗客への仕分け作業が終わっていないそうです。館内アナウンスも遅くて、感染者が何人出た、という知らせはメディアの方が2時間も早いですよ」

 また、厚労省については“お役所仕事”で効率が悪すぎる、と感想を漏らす。

「検査の際、検査場の前に20人くらいの列が出来ていたんです。2時間半も待たされた人もいたとか。その間に感染が広がった可能性もありますよね。呆れた様子で“早く検査してくださいよ”と言う人もいました。少しずつ呼んだら良かったと思いますが」

2020年2月18日 8時1分 デイリー新潮
https://news.livedoor.com/article/detail/17833376/