夏の夕暮れ時に小雨が降ると、土の香りが風に流れる…。

誰もが経験のあるこのノスタルジックな土の香りは、土の中にいる細菌が作る化合物「ゲオスミン」によるものだということが、古くから知られています。

また、小雨のときに最も匂いが強く感じられるのは、遅い雨粒のほうが、土の内部の微小な空間を強く刺激して、より土の中のゲオスミンの放出を促すからです。

夏の日の思い出は、科学の裏付けがあったんですね。

しかし、土の香りが多くの人間にとって忘れがたい理由は「夏の思い出」のせいだけではありません。

人間のゲオスミンに対する嗅覚は、サメが血液を感知する嗅覚よりも鋭いのです。

ただし、なぜ人間の嗅覚がゲオスミンに対して過剰に敏感なのかはまだわかりません。雨を素早く感知するために嗅覚が発達した可能性もありますが、確かな証拠はありませんでした。

ですが今回、スウェーデンの研究者によって、ゲオスミンが人間以外の動物にとっても好ましい香りであることがわかりました。

土の中に住むトビムシの仲間は、ゲオスミンの香りが好きで、ゲオスミンを出す細菌も大好物の食べ物だったのです。

しかし、なぜ細菌はワザワザ捕食者を呼び寄せるような香りを、自分から発しているのでしょうか?

研究内容はスウェーデン農業科学大学のポール・G・ベッチャー氏らによってまとめられ、4月6日に権威ある学術雑誌「nature / microbiology」に掲載されました。

匂いの正体は抗生物質の元祖菌

土の香りとして知られているゲオスミンを生産している細菌は、ストレプトミセスと呼ばれる放射菌の一種であることが知られています。

放射菌と人間の関係はとても強く、現在知られている天然の構成物質のうちの三分の二は、放射菌に由来しています。

ちなみに、結核に対して特効薬として知られていたストレプトマイシンも、この細菌の名前(ストレプトミセス)からとられたものです。

4億5000万年前からずっと仲良し

スプレプトミセスの一生
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ストレプトミセスは細菌でありながら非常に複雑な生態をもっており、キノコのように胞子で増えます。

またゲオスミンは胞子の生産過程で生じる揮発性の有機化合物で、菌の外に排出されます。

トビムシはこのストレプトミセスの胞子が大好物であり、ゲオスミンの匂いに惹き付けられてやってくることがわかりました。

ですがストレプトミセスは、ただ食べられているだけではありません。

ストレプトミセスの胞子はトビムシの消化を生き延び、糞と一緒に排出されることで、生息地の拡大と栄養たっぷりの培地の両方を獲得していたのです。

さらに、ストレプトミセスの生産する抗生物質(ストレプトマイシン)は胞子を狙ってやってくる多くの虫(線虫やハエ)にとって毒になりますが、トビムシの腸は、抗生物質を解毒する能力があります。

そのためストレプトミセスとトビムシは、イソギンチャクとクマノミのような互恵関係にあるのです。

また彼らのこの互恵関係は、およそ4億5000万年前(カンブリア紀の次のオルドビス紀)からはじまっていたと考えられます。

そのため4億5000万年前の雨上がりも、今と同じ土の香りがしていた可能性もあるでしょう。

今度、小雨が降ったら、小さな命たちの永い繋がりを思い出してみるのもいいかもしれませんね。

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