「いったい、私たち夫婦の幸せを奪う権利が入管にあるのですか!」

 二〇一六年、入国管理局(現・出入国在留管理庁)の横浜支局。外国人の夫が強制退去を命じられ、日本人の妻が必死で訴えた。統括審査官だった木下洋一さん(55)は、やるせない気持ちを隠し「裁判で争えるので弁護士を訪ねてください」と言うしかなかった。

 夫は就労ビザを持っていたが、勤務先が倒産。幅広い仕事ができる永住者資格の偽造カードをインターネットで入手した。結局は使わなかったが、警察官の職務質問でポケットから見つかった。

 妻が日本人で正規滞在が長く、犯罪歴もなかった。木下さんは「強制退去には値しない。在留特別許可を出すべきだ」と上司に意見した。しかし、入管は一六年ごろから対応を厳格化していて、夫は強制退去を命じられた。

 女性は「娘が大学に進学したばかりで、とても弁護士費用は払えない。私たちを引き裂くのはあんまりです」と審査のやり直しを求めた。何度も訪れ、入管宛てに木下さんを非難する手紙も書いた。

 木下さんは内心、「そう思うのはもっともだ」と考えながら「何回来ても話すことは同じ」と、あえて淡々と伝えた。「他の言葉がのどまで出かかったが、職責上、それは言えない。つらかった」

 その後の手続きは担当外で、夫が実際に送還されたのかは知らない。知るのが怖かった。

■トラブル
 入管が対応を厳格化した結果、長期収容が急増。収容者が態度を硬化させ、職員に従わなかったり、物を壊したりするトラブルも増えた。入管によると、厳格化の直後の一七年、トラブルなどへの「隔離」の措置が前年比一・五倍の二百九十五件、「制止」が二倍の千三十八件になった。

 法務省関係者によると、収容の拠点施設の東日本入国管理センター(牛久市)には、異動したがらない職員も多いという。

 深夜に「眠れない」とドアをたたき、職員を呼ぶブザーを押し続ける収容者もいる。精神を病んだ収容者が排せつ物を壁に塗ったり、おむつを汚したりすれば後始末をする。今年四月には、コップに入れた尿を職員の顔にかけたとして、傷害などの容疑で収容者が逮捕された。

 自殺未遂を繰り返す収容者が仮放免になった時、支援団体役員は「センターの職員が一番ほっとしているのでは」と語った。

 地元関係者によると、別の収容施設でナイジェリア人男性が餓死した際には、涙を流した職員もいたという。収容施設の担当者の精神的負担について、入管関係者はこう表現する。「休むか、病むか、(気持ちを)振り切るか、だ」

■退職
 木下さんは、十八年間勤めた入管を一九年三月に退職し、神奈川県で市民団体「入管問題救援センター」を設立。外国人らの相談に乗り、入管行政の問題の講演などを始めた。入管全体を否定するつもりはないが、長期収容には厳しい目を向ける。

 「かつてないほど現場はめちゃくちゃな状態で、おかしいと思っている職員は多い。ただ厳格化するだけでは混乱を招くばかり。少しでも現場を知る人なら、分かりきっているのに」と嘆いた。

2020年5月4日
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