「野宿も覚悟していた。4月は寒い日も多かったし、凍死していたかもしれない」。派遣労働者の朝生(あさお)克也さん(56)は寝泊まりしていたインターネットカフェが新型コロナウイルス感染拡大の影響で4月11日に休業し、一時受け入れ施設となった神奈川県立武道館(横浜市港北区)に身を寄せた。薄布に囲まれた2メートル四方の空間で簡易ベッドに横たわると、毛布にくるまって寒さをしのいだ――。

故郷を離れ理容師として10年以上働いたが、離婚してからは職を転々とするように。約2年前から自動車部品の積み込み作業などに派遣されて働き、夜はネットカフェで体を休めた。「自由がきいた」が、貯金はほとんどしてこなかった。その中で、突然「住み家」を失った。「普通じゃない生活を選んだ自分の責任。誰を責めるわけでもない」

自動車メーカーの生産が停止し、予想よりも早く4月半ばには仕事が途絶えた。知人にお金を借りるまで数日間ほとんど食べられず、差し入れの缶コーヒーで飢えをしのいだこともある。「いつ死んじゃってもいい。ただ、コロナでは死ねない。周りに迷惑はかけられないから」。言葉に、孤独感がにじんだ。


※引用ここまで。全文は下記よりお願いいたします。
https://mainichi.jp/articles/20200512/k00/00m/040/210000c

 大型連休明けに再び仕事が入るようになると、閉所された施設を出て、不安定な日常へと戻っていった。