せっかく巡ってきた好感度アップのチャンスを安倍晋三首相は自ら捨ててしまった。

5月4日、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で行われた安倍首相の記者会見。この場に「フリーランス記者」として参加した大川興業の大川豊総裁は、「知的障害や発達障害を持つ子どもたちの行動指針を政府として示すか」と安倍首相に質問した。

私はこれを聞いた時、「安倍首相にすごいパスが出た!」と思った。答えようによっては、安倍政権の好感度が大きく上がる可能性がある大切な質問だったからだ。

社会的弱者の声はいつも政治に届きにくい。非常時にはさらに届きにくくなる。全国の知的障害者施設を回ってきた大川総裁の質問は、弱い立場にある人やその保護者、施設に関わる人たちに光を当てる問いかけだった。

弱者に優しい社会は、誰にとっても優しい社会である。ここで首相から適切な答えが示されれば、関係者の不安や負担が軽減される。社会にも広くこの問題が共有される。その上、「誰ひとり取り残さない」というメッセージを強く内外に伝えられる。新型コロナウイルスへの対応で評価を落としている安倍首相にとって、この質問は世間からの評価を大きく変える可能性を秘めていた。

しかし、安倍首相はこの機会を自ら逃してしまった。
自分の口で答えようとはせず、記者会見に同席していた諮問委員会の尾身茂会長に「尾身先生からよろしいですか」と話を振ってしまったからだ。

おそらく、安倍首相は質問に込められた真意をつかめていなかった。これが一度目の空振りだ。そこで大川総裁は二度目のパスを出した。

「政府からもお答えをいただければと」
これを受けた首相は「わかりました」と言って答え始めた。しかし、その回答は「外出することは全く悪いわけではない」という一般論に終止した。そしてすぐにまた「尾身会長からお答えをさせていただきたいと思います」と話を振ってしまった。

それでも大川総裁は食い下がった。司会者の制止を振り切り、三度目のパスを出したのだ。

「できましたら、開いているスポーツ施設とか、今、閉鎖されているのですけれども、そういったところ」

優れた政治家なら最初のパスでゴールを決めたはずだ。しかし、安倍首相は三度のパスに全く気づかず、一本もシュートを打てなかった。

ピンと来ない人もいると思う。そこで簡単な解説を加えたい。

大川総裁の質問は、障害を持つ人たちの保護者や施設の当事者から寄せられた悲痛な叫びを反映したものだ。

知的障害や発達障害、自閉症の人たちの中には、マスクをするのが苦手だったり、家の中に留まることが苦手で、家庭内で暴れてしまったりする人もいる。高齢の保護者が自分よりも体力のあるお子さんの世話をしているケースもある。

平時であれば、施設に通ったり、散歩をしたりできる。しかし、新型コロナウイルスへの対応で緊急事態宣言が出ている中では自由な外出ができない。外出したとしても、問題を認識していない世間の目は厳しい。

たとえばフランスでは、4月2日にマクロン大統領が自閉症の人と付添人を対象に外出制限を緩和することを発表している。散歩の時間を設けたり、歩行者天国を実施している国もある。大川総裁の質問は、こうした海外の動向を念頭においた上でのものだったのだ。

記者会見終了後、私のもとには多くの施設関係者から「大川総裁がこの問題を首相会見で取り上げてくれてありがたかった」「救われた」との声が寄せられた。しかし、それらは「大川総裁の質問」に対する評価であり、「安倍首相の回答」に対する評価ではない。

首相の回答については「そもそも問題を認識していなかったのか」との声が圧倒的だった。残念としか言いようがない。(文◎畠山理仁 フリージャーナリスト)

2020年5月14日
https://tablo.jp/archives/23354