<かつてはマスクをするアジア人を軟弱と決め付けていたが、今やマスク着用が義務付けられ、理髪店にも行けず、さながら西部劇の無法者のような風体で自宅籠もりしている>

無精になったわけではない。だが、こんなに髪を伸ばしたのは学生時代(1970年代のことだ)以来だ。どうせ理髪店は開いてないし、開いていても行く気はしない。危ない橋は渡りたくない。

新型コロナウイルスとの戦いが始まると米マサチューセッツ州のわが街はゴーストタウンと化し、私たちの風体は昔の西部劇に出てくる無法者みたいになった。病気でもないのにマスクをしているアジア人を、かつて私たちは軟弱と決め付けていたが、今は(少なくとも私の住む州では)マスク着用が義務付けられている。私も緑色の物を2枚持っている。互いに2メートルの距離を保つのも義務。政府指定の「必要不可欠」な店以外は休業中で、公園やビーチは閉鎖中。それでもこの州(人口690万)だけで、この2カ月に5500人ほどが新型コロナの犠牲になったという(実際はその倍くらいだろう)。

この60日間、私は自分の家と納屋以外の建物に足を踏み入れていない。この間に街へ出たのは1度だけ。感染者として在宅隔離を強いられている息子(同棲中の恋人も仲良く感染している)を見舞いに行ったのだが、路上から窓越しに言葉を交わしただけで帰ってきた。

この2人は3月半ばに感染したらしく、指や足先の発疹や息苦しさなどの症状が出た。米国内ではかなり早い時期の感染例とされるが、検査は2度受けて2度とも陰性だった。それでも医師は感染の診断を下した。不快な症状はもう6週間も続いているが、幸いにして、まあ症状は軽い。こういう経過はかなり特異なので、2人はテレビの取材も受けた。

カリフォルニア州在住の娘は、このウイルスのせいで職を失った。もう1人の息子はニューヨークのアパート暮らしで在宅勤務を続けている。ただしルームメイトは早々に逃げ出して実家に帰ったという。息子のアパートの近くにある病院には大型冷蔵車が横付けされ、遺体の仮の宿となっている。

妻も私も、まだ巣立っていない下の息子も在宅で仕事をしている。私が外に出るのは、体重65キロもある大型犬のモホークに散歩をさせるときだけ。近くにある森の中を歩くのだが、できるだけ人のいないルートを選んでいる。人懐こいモホークは大きな体で誰にでも走り寄るからだ。

離れている家族や友人とは、週に1度か2度、ズーム(Zoom)かスカイプでバーチャルに食事をしたり、お茶をしたり。これが意外と楽しい。みんな毎日、けっこうハードに体を動かしている。私もすればいいのだが、こちらはひたすらギターを爪弾くのみ。でも家庭菜園は広げた。なかなか買い物には行けないし、そもそも自分で育てた野菜のほうが安心できるからだ。

消毒は徹底している。宅配で届けてもらう食材その他は、全て玄関口への「置き配」にしてもらっている。漂白剤を水で薄めた消毒液で洗うまでは、絶対に家の中に入れない。郵便物も雑誌も、卵のケースも缶詰もだ。洗ったら何時間も放置し、ウイルスが死滅するのを待つ。外出時に着た服も持ち込まず、玄関に置いておく。何かに触れた後は必ず手を洗い、ドアの取っ手や郵便受けも入念に洗浄する。

新型ウイルスのせいで米失業率は15%近くになったというが、わが家も6人家族で1人が失業中だから、この数字には妙に実感がある。そして家族の1人が感染した。でも、この程度で済むとは思えない。妻も私も憂えている。全米で現在8万5000人とされる死亡者も、そんなものでは済まないだろう。大統領のドナルド・トランプがこのウイルスを見くびり、経済活動の「再開」に猪突猛進しているからだ。

2020年05月20日(水)15時40分
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