挺対協に慰安婦のための正義を勝ち取ろうという純粋な気持ちが全くなかったとは思わないけどね。
いつの間にか慰安婦の正義が自分たちの考える正義に取って代わったんだろう。
確かにこれが慰安婦個人だけではなく、国全体の問題だと見ればそれにも一理あるのかもしれないが、
それにしてもあまりに多くを求めすぎた気がする。日本が全面的に責任を認めているかと言えば確かにそうではない部分もあるのだろうが、
それでもやはり謝罪は謝罪だ。法的責任を認めているのかどうか、国家賠償したのかとか、そうしてテクニカルなことは
いずれ歴史の中で忘れられていって、残るのは日本が過ちを認めて賠償金を払ったという事実だけだろう。