■東北の古刹を訪ねて

新型コロナウイルスがまだそれほど大騒ぎになっていなかった3月初旬、私は宮城県栗原市にある古刹、通大寺の門をくぐった。前回、東日本大震災で亡くなったワカナちゃんの父親の霊に憑かれた小野弘子さん(仮名)が、通大寺で金田諦應住職に除霊してもらったことを書いたが、実は弘子さんに憑依した霊は1人や2人ではなかった。金田住職によれば、20人近い霊が憑依したはずだ、という。

弘子さんに憑依したのは、はじめのうちは東日本大震災と関係のある霊ではなかったようだ。では、どんな霊が弘子さんに憑き、金田住職はどうやって除霊したのだろうか。そんなことを伺いたくて再び訪ねたのである。

※省略

通大寺は、今から500年ほど前に中尊寺末の寺を移転して開山した曹洞宗の寺院である。寺院内に耕雲閣という建物があり、私はそこの20畳ほどの応接間に通された。霊に憑かれた小野弘子さんがやってきて、最初に金田住職と対面したのもこの部屋だ。

金田住職によれば、この部屋に到着したときの弘子さんの様子は日によって様々で、すでに彼女の人格が憑いた霊に変わっている場合もあれば、霊が侵入するのを必死に拒絶しながら悶絶していることもあったそうだ。

あれはワカナちゃんの父親の霊に憑かれる数週間前だった。突然、帝国海軍の軍人の霊があらわれたという。その日、弘子さん自ら電話をしてきたが、通大寺に辿り着いたときはすでに夢うつつの状態で、山門から続く石畳を、家族に引きずられるようにしてやってきた。憑こうとする霊を必死に拒絶しているらしく、玄関を開けるなり弘子さんの唸るような声が響いてくる。

苦しそうに悶えながら「私の中へ入ろうとしているの。どうも軍人さんみたい。苦しい……、もうだめだわ」と、途切れ途切れに言葉を絞り出す。かと思えば突然、「うう〜、ワタクシは……」と、軍人のような固い男の声に変わった。

そんな弘子さんを前にした金田住職はやさしく言った。

「安心して(体に)入れてあげなさい」

すると弘子さんは、「わぁ!」と声を上げると虚脱状態になった。のちに、その時の感覚を弘子さんは「私の心の中にガラスの箱があって、閉まっている蓋を霊がこじ開けて入ってくる感じ」と表現したという。

憑依すると、突然男の声で「水島ぁ〜」と、弘子さんに憑いた霊は叫んだ。若い男なのか年寄りなのか、どちらとも言えない不思議な声だった。

■海軍軍人の叫び

「あなたは誰ですか? どうしたいんですか?」

金田住職が声の主に尋ねる。しかし、男は答えない。かと思うと、再び「水島ぁぁぁ〜!」と引き裂くような声が部屋に充満した。

「水島って、いったい誰なんですか?」

あくまでも冷静に訊く。しかし、男はそれに答えるわけでもなく、「俺のために、貴様を死なせてしまった。すまん、水島! 俺のせいだ、許してくれぇ〜」と、声は慟哭となった。

「あなたはどこにいるんですか?」と訊くと、「海……」といった。

男は、友を死なせてしまった後悔を、何度も何度も繰り返した。口ぶりから旧帝国海軍の水兵らしい。しかし、いくら声をかけても、男は聞こうとはせず、狂乱したように叫び続けた。もちろん、実際に叫んでいるのは弘子さんである。若い女性のどこからこんな野太い声が出るのかと思うほど、男性そのものの声だった。

「あなたはどこにいたんですか?」「水島はどうなったんですか?」と、金田住職は繰り返し繰り返し尋ねた。やがて男は、頑なに閉ざしていた心を開くように、ぽつりぽつりと語り始める。しかし言葉がバラバラでなかなか全貌がつかめない。

どうも水島は、憑依した男の霊と同じ帝国海軍の軍人として広島県の呉軍港にいたようだ。終戦の間際、男らが乗っていた軍艦が米軍の爆撃を受けた。どの艦に乗船していたかはわからない。ただその爆撃で、憑依した男は爆風を受けて海に投げ出される。足を吹き飛ばされたのだろうか。水の中で必死にもがいている男を、水島という軍人が助けたようである。ところがその直後、水島はさらなる爆撃で下半身を吹き飛ばされて戦死した。男もその爆撃で死んだのか、あるいは助かって戦後を生きたのかは不明である。ただ男の霊は、自分のせいで戦友の水島を死なせたと思い込んでいるようだ。

「俺のせいで水島を死なせてしまった。俺のために……、俺のせいで……」

自責と悔悟の念から、鬼気迫る声が訴えていた。(続きはソース)

2020.05.23
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