あなたが今、新型コロナウイルスに感染しているかを調べられる「PCR検査」。日本は欧米や韓国と比べ、実施件数が桁外れに少ないことに疑問の目が向けられてきた。政府は段階的に目標件数を積み増し、4月6日には「1日当たり2万件」(安倍晋三首相)を掲げた。しかし、実際の実施件数はなかなか伸びず、最も多かった4月末でも約1万件にとどまった。

 確かにウイルス対応の初期、政府内には「PCR検査を拡充して多数の感染者が見つかり、軽症者や無症状者が病院に殺到すれば、重症者を救えなくなる」との慎重論が存在した。

 また、3月24日に東京五輪・パラリンピックの延期が決まるまでは、こんな脚本もささやかれた。日本が安全な国と世界にアピールするため、意図的に実施件数を絞り、感染者を実態より少なく見せている−。真偽は定かでない。

 増えなかった理由で一つ、確実に言えることがある。「人」と「モノ」の検査インフラが決定的に足りていなかったのだ。

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 「検体が次々搬入され、職員は昼食やトイレも我慢して分析に追われた」。大阪府のPCR検査を一手に引き受けてきた地方衛生研究所(大阪市)の本村和嗣ウイルス課長は、2月以降の日々をこう振り返った。

 2009〜10年の新型インフルエンザ流行を受け導入した検査機器4台では足りず、3月中旬に2台を追加配備し、処理能力を1日240検体まで引き上げたが検体の急増に追い付かない。「遅かれ早かれパンクする」。4月中旬、本村氏は府に対し、民間検査会社にも分析作業の協力を要請するよう具申せざるを得なかった。

 検査機関の逼迫(ひっぱく)は、検査の抑制圧力となって働いた。東京都は早くから民間と連携していたが、新型コロナ専用外来のある医師は「うちの病院では民間に1日に送れる検体数に上限が設けられており、それを上回る検査希望を断るのが業務の大半だった」と話す。

 検査増を阻む「目詰まり」は、保健所でも発生した。感染の心配がある人から最初に電話を受け、PCR検査の要否を判断する窓口「帰国者・接触者相談センター」の業務に、感染者の行動歴調査や健康観察も加わり、人手不足の極みに。「電話が一向につながらない」との苦情を招いた。

 4月17日、ようやく光明が差す。東京都医師会は都内に順次、「PCR検査センター」を開設すると発表。地域のかかりつけ医が必要と判断すればセンターが迅速に検体を採取し、民間が分析する枠組みで、角田徹副会長は「保健所も地衛研も介さない『もう一つの検査経路』をつくった」。ノウハウは瞬く間に全国に広がっていった。

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 実は10年前、新型インフル対応を厚生労働省の有識者会議が検証した際、今回と同じ検査インフラの弱さは課題に挙げられていた。厚労省の正林督章(しょうばやしとくあき)審議官は「会議の提言を受け、数年間はPCR検査の関連機器を購入するなど予算も確保したはずだが、危機意識が長続きしなかった」と率直に省みる。

 政府の専門家会議は5月4日、改めて検査に携わるマンパワーと機器の増強を求める見解をまとめた。ウイルス感染の判定に要する時間を大幅短縮できる新たな武器、「抗体検査」と「抗原検査」も始まり、拡充が期待されている。後は政治が実行に移すのみである。 (鶴加寿子)

西日本新聞 2020/6/28 6:00
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