不平等条約結ばされ英国の言いなり誘導で清国に日本軍派兵
1900年、「義和団の乱」、「北京議定書」
青島の戦いに介入
米英は、満州からロシアを排除するために、日本を援助して、ロシアと戦わせた。
米英は、満州から日本を排除するために、国民党を援助して、日本と戦わせた。
ルーズベルトによって蒋介石の顧問に任命されていたオーエン・ラティモアは日本軍の中国撤兵を要求する暫定協定に反対するよう蒋介石に助言。
中国は民間人を殺害する目的で上海租界を爆撃した。
国際租界のパレスホテル、キャセイホテルで、死者100人以上、
商業施設のシンシアー、ウイン・オンデパートは直撃で、死者200人以上、
ニューヨークタイムズの特派員も負傷したので、大きく報じられた。
このように、日本人以外にも被害が出ているので、戦後の情報操作が通用しない。
16日、中国軍機がフランス租界上空を横切って日本租界へ向かうと、フランス駐屯軍が一斉射撃した。
以降の日本海軍の重慶爆撃は、上海爆撃の報復である。
日本租界だけでなく、国際共同租界も攻撃しているので、
中国が「爆撃は日本軍が行った」と情報操作しても、全く通用しなかった。

日中戦争(支那事変)は、1937年(昭和12年)7月7日の 盧溝橋(ろこうきょう)事件に始まり、
7月29日の通州(つうしゅう)虐殺事件、8月13日の第二次上海(しゃんはい)事変の経緯で、
日本人が被害者であり、中国軍が加害者である。
中国が日本に戦争を仕掛け続けて、中国がどこでも民間人を殺している。
アメリカとイギリスは、そんな中国を援助していた。