新型コロナウイルスの感染が拡大した今春以降、有機(オーガニック)食品の売り上げが世界各国で急増している。新型コロナに感染した患者が重症化する一因として肥満や高血圧など生活習慣病の影響が指摘されていることから、健康的な食生活を心掛ける人が増えているのが背景だ。有機食品の人気は世界的に高まっているが、新型コロナの影響で人気に拍車が掛かっている。

新型コロナによる死者数が世界最悪の17万人超となった米国では、各州が外出禁止令を発した3月以降、有機食品の売れ行きが一気に伸びた。

経済専門メディアのブルームバーグは、有機食品と有機飲料を合わせた売上高が、3月から6月まで4カ月間で前年同期比25%増加したと、調査会社ニールセンのデータを引用し、報じた。同期間は、外出禁止令や在宅勤務の影響で家で食事をする人が増えたため、食品全体の売れ行きも伸びている。たが、有機食品の伸びは全体の伸びを上回ったという。

また、有機食品の普及団体オーガニック・プロデュース・ネットワーク(OPN)によると、4〜6月の有機野菜・果物類の売れ行きは、数量ベースで前年同期比18.2%増となり、有機以外の野菜・果物類の同12.9%増を大きく引き離した。金額ベースでも同17.0%増となり、有機以外の野菜・果物類の同16.1%増を上回った。

農薬や化学肥料など不使用

有機食品の売り上げが伸びているのは、農薬や化学肥料、抗生物質、遺伝子組み換え技術などを使わない有機農産物から作られた有機食品は健康によいとのイメージが広がっているためだ。米国の有機業界団体オーガニック・トレード・アソシエーション(OTA)が以前実施したアンケート調査では、有機食品の購入動機で最も多かった答えは、「自分や家族の健康のため」だった。

新型コロナの感染拡大以降、有機食品を買い求める消費者が増えているのは、単なる健康イメージ以上の理由もあるようだ。

米国では、新型コロナの重症患者に肥満や糖尿病、高血圧など基礎疾患を持つ人が多いことが患者のデータからわかっているが、基礎疾患と重症化との因果関係については、基礎疾患による免疫力の低下を指摘する専門家が多い。有機農産物の摂取が免疫力アップに貢献する可能性を示唆した動物実験や疫学調査は多く、免疫力の向上を期待して有機食品を選ぶ消費者も増えているとみられる。

実際、経済誌フォーブスによると、インターネットで食品関連の検索をする際に、「食品」「免疫系」という検索ワードをセットで打ち込む件数が、春先に急増したという。

有機食品の売り上げが伸びているのは米国だけではない。リサーチ・コンサルティング会社の英エコヴィア・インテリジェンスによると、有機食品の宅配事業を展開する英アベル&コールでは、注文が25%増加。フランスでは、有機食品専門店の売上高が40%増えたという。インドのオンライン小売店ナリシュ・オーガニックスでは、3月の売上高が30%伸びた。いずれも、新型コロナによる死者数が3万人を超えている国だ。

米国では以前から有機食品市場が拡大を続けており、OTAによると、市場規模は昨年、初めて500億ドル(約5兆3000億円)を突破した。

健康や自然環境への悪影響を懸念

欧州も同様だ。有機農業研究所(FiBL、本部スイス)によれば、2018年の有機農産品の小売・売上高は、欧州連合(EU)全体で374億ユーロ(約4.7兆円)に達し、市場規模はこの10年で2.3倍に膨らんだ。デンマークでは小売市場に占める有機のシェアが1割を超え、オーストリアでは全農地面積の4分の1近くが有機用の農地に転換したか、あるいは転換中だ。

欧米では、がんや生殖異常、発達障害など農薬が残留した農産物を日常的に摂取した場合の人体への影響を心配したり、野生生物の減少など農薬が引き起こす自然環境破壊に関心を持ったりする消費者が増えており、有機食品市場の拡大を後押ししている。

ニッチからメインストリームへ

日本でも有機食品の需要は徐々に伸びているが、海外に比べると消費者の認知度が低いのが現状だ。農林水産省の資料によれば、2017年の市場規模は約1750億円で、一人当たりの年間消費額も、スイスの4%、米国・ドイツの9%、英国の31%にとどまるなど、他の主要先進国との差が際立っている。

有機市場はこれまで、一部の富裕層や健康オタクを相手としたニッチ(隙間)市場と言われてきた。しかし、欧米では、ニッチを卒業しメインストリーム(主流派)に成長しつつある。このため、かりに新型コロナが収束しても、有機市場は引き続き拡大し続けると見る向きが多い。
https://news.yahoo.co.jp/byline/inosehijiri/20200822-00194520/