【宗教】一神教と多神教のもっとも大事な違いは「神さまの数」ではなかった…! ★6 [樽悶★]
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
「死」とは何か。死はかならず、生きている途中にやって来る。それなのに、死について考えることは「やり残した夏休みの宿題」みたいになっている。死が、自分のなかではっきりかたちになっていない。死に対して、態度をとれない。あやふやな生き方しかできない。私たちの多くは、そんなふうにして生きている。しかし、世界の大宗教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などの一神教はもちろん、ヒンドゥー教、仏教、儒教、神道など、それぞれの宗教は、人間は死んだらどうなるか、についてしっかりした考え方をもっている。
※省略
● 一神教の特徴
一神教を、英語ではmonotheismという。monoは「1」、the(o)-は「神」という意味だから、わかりやすい。ちなみに多神教をpolytheismという。
一神教/多神教と聞くと、神さまの「数」の違いだと思う。たしかに数は違う。でももっと大事な違いがある。一神教では、「神は天地を、創造する(創造した)」と考えるのだ。
神は、天地を「創造」した。聞いたことぐらいはあるはずだ。でも、その程度ではだめ。創造とはどんなことか、肌身でテッテー的に感じないと、一神教を理解したとは言えない。
一神教とは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。どれも、「神が天地を創造した」、とする。(そもそもユダヤ教、キリスト教、イスラム教は「同じ」神を信じているのだった。)なかでも、論理がいちばんすっきりしているイスラム教を例に、考えよう。
※省略
● 創世記はアッラーの預言
旧約聖書はもともと、ユダヤ教の聖典だ。創世記など最初の五つの書物を、モーセ五書(トーラー)という。預言者モーセが伝えた律法である。イスラム教は、モーセも、神アッラーの預言者だと考える。創世記も、アッラーから人類へのメッセージなのだ。
※省略
イスラム教は、旧約聖書の内容を、だいたいそのまま認める。クルアーンと違うところは、クルアーンのほうを信じる。旧約聖書は不完全で、ところどころ間違っている、と考えるのである。
創世記に関して言えば、その内容はほぼそのまま、クルアーンに引き継がれている。
● 人間は、一人ひとり神が造った
創造という考え方のポイントは、創造の前と後で、すべてががらりと変化することである。
(創造の前)神がいる → (創造の後)神がいる + 世界がある(天地、山や河、植物や動物、人間が存在する)
このことを、肝に銘じてほしい。
最初、神(アッラー)がただ存在するだけで、ほかには何も存在しなかった。神は寂しかったろうか。そんなことはない。神は完全で、欠けたところがなく、満足していたはずだ。
それから、世界を創造した。天地が存在するのは、神が創造したから。天地が存在すべきだと、神が思ったからだ。山や河が存在するのは、神が創造したから。植物や動物が存在するのは、神が創造したから。人間が存在するのは、神が創造したから。神が、それらは存在すべきだ、と思ったからだ。
このように、「世界は、神(アッラー)の意思によって、存在する」のである。山や河を見るたび、植物や動物を見るたび、「神がこれを創造したのだ」と思わなければならない。そして、感謝しなければならない。
※省略
神が手造りしたのは、人間だけである。創世記によると、ほかの動物は、言葉で命令するだけで造られている。アダムとイヴは、神の言いつけに背いて善悪の樹の実を食べてしまい、エデンの園を追放された。それから二人は結ばれ、カインとアベルの兄弟が生まれた。イヴは、ふつうのやり方で妊娠し出産した。
カインとアベルは、神に造られたのか? それとも、人間から生まれたのか?
人間から生まれたのに、間違いない。けれども、カインもアベルも、そのほか母から生まれる人間はひとり残らず、神が手造りした。そう、一神教では考える。人間から生まれるのは見かけだけ。誰が存在するのも、例外なく、神の意思によるのだ。
※省略
神は、人間を、一人ひとり手造りする。これが一神教の、神と人間の関係の基本である。ぼんやり読むと、「人間は、一人ひとり個性ある存在として、神に造られる」ことは当たり前のような気がする。全然、当たり前でない。とても特別の考え方だ。
ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、地球上の人類約七七億人の半分以上、およそ四〇億人がこのように考えている。(続きはソース)
9/30(水) 6:01配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200930-00249841-diamond-bus_all
★1:2020/09/30(水) 19:43:36.22
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1601503625/ ヒンドゥー教が何神教か問題という難問
1か3か無数にある、のどれか 一神教とは→敵の価値観を認めない
多神教とは→敵の価値観を尊重する 天上天下唯我独尊
唯一にして八百万
無限というただひとつの神 一神教 俺が神だから
多神教 おまえもなんかの神なんだろうな 神道で最も大事なのは八百万の神々が天照大神、ひいては天皇の臣下であるという事
その点、釈迦は臣下にならない、
むしろ天皇が仏弟子として帰依しているのが尊皇派には気に入らなかった ない
ということがある
ならば
ないはある
ないがある
あるはある
ある
ならばある ( ・ω・)
神よ、なぜハゲをお造りになられたのですか?
神
私がハゲだからじゃ。 全知全能なのに果物食っただけの人を追放とかケツの穴ちっさ 一神教は何もかも神が創った
多神教は神が大地を作った程度 一神教は神の下に世界がある
多神教は神も世界の一部 >>8
その価値観が具体的に何を指してるのか書かないと 今北が6ってw
色々と間違えているが、アッラーというのは仏教的には真如の事だ
神の使い回しで誤謬を生み出しているから本質に近づかないのである 天照なんてのは日本に侵略してきて国を譲れとか無茶苦茶ヌカした人
日本人なら仏教だの天照だのが来る前から神だった国津神を信仰しよう 一神教のヒューマニズムでいえば尊いのは人間だけ
例えばフランス革命の人権宣言、自由・平等・博愛は白人に適用されるもので
有色人種や多神教徒は野獣だから対象とならない
リンカーンのゲティスバーグ演説「人民の、人民による、人民のための政治」にインディアンは含まれていなかった
リンカーンの嫁は奴隷農場主の一族で黒人を嫌悪していたし
リンカーン自身も騎兵隊時代インディアン討伐に積極的に参加
「人権派」弁護士として活躍した功績の多くが開拓者のためにインディアンから土地を取り上げるための裁判だった >>1
自分たち以外は全員殺せって所から始まってるのが一神教
自然界がこれだけ厳しいのに人間同士で殺し合ってる場合じゃないだろって所から始まってるのが多神教 神は人間の作った物語のひとつ
そもそもこの世俗世界は人間が構築した物語世界
その物語の世界から脱することが解脱
そこは涅槃(ニルバーナ)
苦しみや悩みから脱する方法はそれしかないのだ
現世利益(りやく)を求めるだけなら神でも仏でも拝んでいればいい
気の済むまで
そうして利益(りやく)を得たら神仏のお陰だと感謝するのもいい
でもな、それでは苦しみも悩みも尽きないぞ
というより、逆に苦を作ることになっているのだぞ
全部譬え話だから....
書物は
書かれた国と年代
書いた人とその立場
文化 隠語 慣習 技術
それらを吟味しなければ読み解けない
例えば
イブ→農場→生命→LIVE→水(液体)→巳→蛇→肋骨(リブ)→波→海(川)→月(夜)→変容(進化)→.... 多神教はだいたい創造神と最高神が違う
創造神はすぐ死ぬ
そのおかげでこの世界がどんだけ矛盾と不幸と悪徳に満ちても
責任は最高神に及ばないという構造に出来てる
一神教はそこで拗れる そこに愛はあるのかい?
何教だろうと、無宗教だろうと、大事なのはそこだけ。
宗教戦争なんてアホや。 >>4
しかも一神教以外の信者は動物とみなす。
根拠のない選民意識の原因になっている。 >>25
そもそも「伊勢神宮は日本中の神社の頂点だから!」
って思想が日本的じゃないしね 神仏拝んで現世利益(りやく)を欲しつつ悪業(あくごう)も重ねる
知らなかったでは済まないこともある
そうして苦しみの再生産を続けるのだ
しかも自分だけならまだしも自分以外の人間にまで影響を及ぼして一生を終える
それが世俗に生きる人間の姿 エジプトの神々の設定が難しすぎてよくわからなかった
なのでバカにも解るように簡略化したのが一神教 豊かな土地 → 多神教 → 神よ,感謝します!
厳しい土地 → 一神教 → 神よ,何故だ! 神なんて昔の中2病の人々の妄想に妄想を重ねた産物よ 日本の今の神道は金儲けに特化した偽物だからな
古神道は日本人なら生まれながら染み付いている
つまり信仰するのではなく真っ当に生きるだけでいいのが本物の神道 >>33
愛なんて言い出したのはキリストさんで
それ以前の神様は無理難題言って罰与える 怖い奴だぞ >>39
だからその一派は後から日本に侵略してきた奴らを神扱いしただけ >>34
そだよ布教して言うこと聞かなきゃ人でなし
バチカンがが黒人を人間と認めたのが
現代になってからなので
みんな平気で奴隷狩りしてた >>47
多神教はその地元の土着神話なので
信者になるというより身についた文化だよ 最初の女神は子供を産んだらマンコを火傷してその苦しみによる吐瀉物や脱糞、失禁したものから数々の神々や大地が生まれた
などという創世記をもつお下劣な国もあってだなww 神がいる事をあれやこれや難しく説明するのは
本当は神は存在しないから >>24
聖徳太子(天皇ではないけど)から仏教徒だよ
それが尊皇派は気に入らなかった 人格神はどんなに力があっても絶対神にはなれない。
それは具象的な有限性に制限されるから。
神は原理化されて具象←→抽象の自在性を持たないと
絶対的な存在にはなりえない。
特に宗教だけではなく価値観が多様化している現代では
抽象的、原理的な部分での全体統合しかない。
どちらかというと神仏習合の何でも受け入れる日本人は
それに近いかも。
よく言われるが日本人は決して多神論ではなく神を抽象化して
あらゆるモノに投影出来る汎神論的感性をもっている。
無宗教ではなく先進的宗教性を持っていると思うよ。 >>46
「人間って平等なはずじゃね?」「王侯貴族と平民の身分差っておかしくね?」「奴隷っておかしくね?」
って思想もキリスト教あればこそ 宇宙はとてつもなく広いんだから、神一人でその全部を見れるわけがない。
だから神がいるとすれば、大勢で分業してるはずだ。 イギリス人Youtuber
「イエスが処女から生まれたとしたら、イエスはX染色体しか持ってない、つまりイエスは女だ。
これについて、みんなの意見をコメントに書いて」
https://youtu.be/LlQ7_d2Cmu4?t=54 山体崩壊と八岐大蛇と天叢雲剣
マグマと加具土命と製鉄(たたら)
エコロジー
プレートテクトニクス
アルテミス→月の満ち欠け→暦→農業→豊受大神 アダムとイブは知恵の実を食べる前に生命の木の実を食べるべきだった そっちは禁止されていなかったのに
順番を間違えた >>11
仏教を広めたのは推古天皇及び摂政の聖徳太子 神様の多さとかどうでもいいんだよ
聖書を読まない・キリストを信じないのがダメなの 自分の信仰する~のみを信じて戦争する愚かしさにそろそろ気付かなきゃね土人どもも 多神教は他者との争い事を曖昧な感じにしてるところがなんかサヨクっぽい >>64
戦争犯罪者が神と崇められてる明治生まれの某神社とかw イスラムやキリストの信者は1匹残らず駆除するべき!!!
百害しかない!!!!!! >>62
「それまでの日本産の神では疫病や飢饉、人心の乱れを鎮められないから天竺のありがたいお釈迦様に御越しいただこう」
それが尊皇派には気にらなかった
仏陀が天照大神の臣に出来ていたら廃仏毀釈は起こらなかったろう 天皇は、大日如来と一体になる儀式で即位し、
中世までは孔子、泰山府君(中国の神様)への祭祀もおこなっていた
それが日本的な多神教ということだ。
国家神道というか神道を1つの確固たるものとするのは
皇国史観と「キリスト教」に影響をうけたもので
日本的なでない どんな屑でも神よりはマシ
神はその屑を生む状況設定を造ったのだから
人間ほか、あらゆる生命達こそが素晴らしい
その屑が造った状況設定の中を必死に生きて居る
屑設定しか作れない屑が、拝まれたり崇められたりして
よく恥ずかしくねえな
オレなら恥ずかしくてとてもじゃないけど居られねえけどねw 神道は古代ユダヤ教のコピペ
シルクロードを通ってたどり着いたユダヤ系の子孫が教条を広めた 一番の問題は
「誰も神様を見たことがない」
ということ >>53
能力の限界を自ら感じて、って所じゃないかな
これってもっと客観的に見なきゃいけねえんじゃねえの?って事は解るんだけど
どうしたらそれが出来るかは解らないし、限界を感じる
そこで神の登場ですよ
まあ、謙虚っちゃ謙虚 天地をつくった、人をつくったというならまず証拠だよ、警察だって証拠がなきゃ動かない(話が違うかも) 苦しくなるとすぐ「神様のおやりになることは人間にはわからない」 これで終わりだもん >>80
前のスレで
不確定性原理ガーとか言ってたやつが、
幽霊の実在を主張しだしてワロタ。
超心理学とか、あれれな学問に引っかかる人はアカデミズムでも少数いるが、
かれらの実験はいずれも欠陥があり、その結論を受け入れることができないというのがコンセンサス。 フェチ板行くと、人によって崇める神が違い過ぎてもう何がなにやら >>70
聖戦に負けてお情けで生かして貰った天皇狂めが
尤も大本営は戦う前から匙を投げていた見たいだがw
ケツから攻め入る非道さよ
臣民四つん這いになり歯を食いしばれ
空に太陽一つでないよ二つ三つ四つ出て来たら
臣民こんがり焼け死ぬよ
、https://m.youtube.com/watch?v=Z2abQhvo7Ss 一神教の神は、数学で言うところのゼロみたいなものだろ。
存在しないことを定義するために存在する必要のある概念のようなモノ。
ゼロがなければ数学系は定義できなくなる。つまりシステムをシステム
たらしめるために必須とみなされている。
一方で、多神教、特に日本の神道のように万物に神の存在を認めることは、
数学で言うところの無限大に神を対応させるものだ。
無限大は概念として存在するが確定しない大きさをもち、終わりがない。
神概念の普遍性を認識するもう一つの方法として、
一神教と対を成すといえるだろう。 >>1
マジレスすると
むしろ人間が
神というものを作った 言葉をこねくり回して、新しい言葉を造語して、新しい概念だと主張し、
いくら飾り立てても、元々の話に中身が無い事には変わりはない。
人文系の人が陥り勝ちな罠。 でも一神教なんて旧約聖書に由来する宗教だけで、その他はみんな多神教なんだよな
人類のスタンダードは多神教だろう 宗教を否定してもエセ学者やエセ評論家は存在し続けるし
資本主義社会も宗教と同じく腐っていくのだろうなぁ 多神教の最後の聖戦になるかもしれないこのスレにエントリーしてくる
者は多く。とにかく日本国憲法という名のキリスト教精神を遠赤外線の
ように発散する外套(がいとう=コート)を羽織ってる以上、時間の問題やぞ。
頭か心かそのどちらかがいい者はもう諦めて聖書を隠れ読み始めてますって。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています