・・・高校教師である彼女は、部落解放奨学生の合宿に参加してみることにした。

同部屋の女生徒が鏡に熱中のあまり、午後のセッションに遅れそうになった。
「 集合に遅れるわよ。 鏡を見るのが好きねぇ。。。 」
と声をかけたところ ( 多少は刺々しい言い方だったかもしれないが )、
十数名の奨学生から
「『 化粧ばかりしている 』 と言っただろ 」
と詰め寄られ取り囲まれた。

「 部落差別を受けているこの娘の苦しみがわかるのか?」
「 蔑視教育!」
「 管理教育粉砕!」

など、その糾弾は深夜2時までも続いたという。

翌朝、女生徒はケロっとした調子で
「 ごめんね。 先生も苦しい思いをしてきたんやね 」
と謝ってきた。
実はその女性教師も被差別部落の出身だったことを、
見かねた誰かが女生徒に告げ口したらしいのだ。

女性教師は 「 これは一体何だ? 」 とその場でへたり込んでしまった。

集中砲火を受ける中で、敢えて正面から受け止めようと懸命に対応したのだ。
口が裂けても
「 私も皆と同じ部落民なのよ 」
とは言わないと決めていたからだ。

怒りと批判の対象ですら、
同じ部落民とわかった途端に皆兄弟姉妹・・・こんなものが優しさと温もりなのか?
部落解放運動の、怒りと批判の矛先にあるものは、一体ぜんたい何なのか!?
体から力が抜け、彼女は深い悲しみと怒りに包まれた・・・


〜 小浜逸郎 「 弱者とはだれか 」 PHP新書、110ページ